女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【2】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【3】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【4】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【5】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【6】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【7】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【8】
If the sky that we look upon
Should tumble and fall
Or the mountain
Should crumble to the sea
I won't cry, I won't cry
No, I won't shed a tear
Just as long as you stand
stand by me
Darling darling
Stand by me
Oh stand by me
|
|
「ソー・ダーリン ダーリン」
「スタンド・バイ・ミー」
女「…ん」
「スタンド・バイ・ミー…」
女「…」モゾ
歌っているのは誰。
小さくて、甘くて、ふうと吹いたら消えそうな声で歌っているのは、誰。
「ダー、リン。ダーリン…」
女「…ん、う」ゴシ
リン「!」ビク
女「ふわ…」
リン「……」
女(…あれ?CDの音しか聞こえない。…こんな声じゃなかったんだけど)
リン「やっと起きたか」
女「あ、…うん」
どうやら、結構な時間昼寝をしていたようだ。
私の生まれた町を出た後、リンは一度も停まることなく車を走らせた。
閑散とした住宅街や田畑が入り混じる、ちょっとした田舎を過ぎて。
リン「…県庁所在地に入った」
女「おお、そっか」
頭を上げて外を見てみると、遥か遠くに沈まんとしている赤い太陽が見えた。
もう、夕方だ。
女「すごい、ビルがいっぱい」
リン「まさか、…来たことないのか?」
女「そんなわけ無いでしょ!?地元だよ!?」
でも、最後に来たのはいつだったか。
ああ、そうだ。新しい鞄が欲しくて、お母さんと終末に買いにいったんだ。
ブランド店やオシャレなセレクトショップが立ち並ぶモールで、お財布とにらめっこしながら選んで
女「…あのね、このバッグここの大きなショッピングモールで買ったんだ」
鮮やかな茜色の肩掛けバッグ。 この西日と、驚くほど似た色をしている。
リン「へえ」
女「高かったんだよ?2万くらいした」
リン「そんなに…」
リンはバッグを一瞥すると、鼻で笑った。
リン「そんな風には見えないな」
女「そう?シンプルで好きだな。丈夫だし」
女「ねえ、リン」
リン「なんだ」
かつての活気はどこへ行ったのだろうか。
人の気配など微塵もない、赤い街を走る。
女「何処に向かってるの?」
リン「…北」
女「うん、それはもう聞いたけど。…なんで、北?」
リン「行ったことないから」
女「…アテでもあるのかと思った」
リン「現地にいかないと、人間が暮らしてるかどうかは分からないだろ」
女「そうだけどー」
リン「こういう繁華街の近くには、誰かが暮らしてるかもしれないんだ」
女「会ったこと、ある?」
リン「…ああ」
その人たちは、今、どうしてるのかな。
女「…」
睫毛まで赤く染めて、口を結ぶリンに
私は何も言えなかった。
バタン
リン「…よし」ギッ
女「お、停めるの?」
リン「今日はここまでにしておく。暗くなってからの移動は、しないほうが良い」
女「ふうん」
リンが車を停めたのは、広大な駐車場だった。
あれ、ここってまさか
女「…プレミアムモール?」
リン「知ってるのか」
女「うん、ここでバッグ買ったって言わなかったっけ?」
リン「さあ」
私の話は、彼にとっては車内で聞き流す音楽と同レベルらしい。
女「ええと、どうするの?」
リン「とりあえずガソリンを補給する」
女「うん」
駐車場の入り口付近には、ガソリンスタンドが完備されているのだ。
リン「結構走ったからな。そこで待ってろよ、入れるから」
女「はーい」
ガタン
女「…ガソリン、出るの?」
リン「ああ」
女「へえ、…意外だな」
リン「ガソリンスタンドがあり次第、教えてくれ。こまめに補給するに限る」
女「ガソリンないとただの箱だもんね、これ」
リンは慣れた手つきでガソリンを満タンにすると、後部のドアを開けた。
女「車内泊するの?」
リン「山地とかで休むときはそうするけど、今は必要ないだろ」
リン「…モールがあんだから。それとも、車で寝たいのか?」
女「う、ううん」
車内泊かー。
…どうなんだろう。やったことはないけど、異性が近くにいる状態でっていうのは、どうなんだろ。
リン「ほら、荷物取れ」
女「分かった」
リン「必要最低限のものでいいからな」
女「モール探索か。わくわくするな」
リン「馬鹿か。危ないかもしれないんだぞ」
女「平気だよ!プレミアムモールってできて1年くらいしか経ってないし、丈夫だもん」
リン「そういうことじゃなくて」
リンの手には、相変わらず無骨なあの物体が握られていた。…二つも。
リン「これ、持っとけ」
女「え、ええ?」
リン「ええ、じゃないだろ。武器くらい持っとけ」
女「いや、でも」
リン「警棒なら軽いし扱いやすい。ボタンを押せば伸びる。伸ばして、殴る。それだけだ」
女「…わ、分かった」
トウメイを倒すのに、私の方法はいささか回りくどいところがあるだろう。
一定の力をこめれば、女の私でもトウメイは倒せる。
…多分。今のところは、そうだ。
リン「それと、懐中電灯。…あとこれ」
女「…ケータイ?」
リン「俺との機器だけに通信できるよう設定してあるやつだ。前流行っただろ」
女「あー…。子どもと親が連絡するのに使うやつか!」
リン「万一はぐれたりしたら、それで連絡してこい。まあ、まず離れるな。面倒だから」
女「勿論」
リン「…」
自動扉は、勿論開かない。
リン「壊すぞ」
リンが、細い植物の茎みたいな腕を振り上げた。
…パリン!
女「おお」
リン「怪我するなよ」
警棒がすごいのか、リンがすごいのか。ガラスはあっけなく破壊された。
女「…ちょっと暗いね?」
リン「発電設備が落ちてる可能性があるな。誰も手入れしてない」
リン「…でも、節電のために夕方まで電気を落としてる、という可能性もあるな。とにかく、一階から探すぞ」
女「はーい」
薄暗いモールに、二つの光が浮かび上がった。
リン「お前、来たことあるんだから、ある程度案内はできるだろ?」
女「えっ」
大役な気がする。
女「う、うん。できるよ。ええと」
とりあえず地図つきのパンフレットを手に取った。
女「…一階はね、フードコートとか大型のスーパーみたいになってるんだ」
リン「ここに人がいる可能性は少ないな」
女「え、なんで?」
リン「食料補給や、雑貨を取りにくることはあるだろ。けど、住処にするには適さない」
女「…なるほど」
リン「例えば、家具屋とか…。ベッドがある所に人が避難してる可能性は高い」
女「確かに」
リン「あと、シャッターを閉めているところにも注意しろ」
女「リン、頭いいね」
リン「お前がアホなだけだ」
女「…」ガン
リン「とりあえず、ここは後回しにして上の階から探そう」
女「分かった。ええと、二階はファッション関連のお店が多いよ」
リン「まあ、候補だな」
女「3階は雑貨屋さんとか、色々。四階は、シネマとゲームセンターとかかな」
リン「2階から行くか」
女「はい、隊長」
リン「…なんだ、それ」
女「いや、なんか年下なのにめちゃくちゃ頼りになるから」ビシ
リン「なんでもいいが、勝手な行動すんなよ」
女「イエッサー」ビシ
本当、モールは何でもある。
買い物も、ご飯も事足りるし、サロンや写真スタジオ、そうそう、入浴施設なんかもあったりするんだっけ。
リン「シャッターは、…閉まってないな」
女「そうだねー」
当時のまま微動だにしないマネキンや、ディスプレイたち。
タッセルクリアが、シャッターを閉める間もなく拡大した証。
女「…うわ、これ可愛いな」
リン「ショッピングに来たんじゃない」
女「でも、ほら、これっ。学校で人気のブランドなんだよね」
リン「…」
心底興味なさそうなリンを尻目に、私の乙女心に火がついた。
女「今なら取り放題なんだよね!すごくない?あ、この夏物のサンダル、高くて買えなかったんだー」
リン「…」
女「ね、取っていっていい?」
リン「答えなきゃ駄目か」
女「…なんで、却下?」
リン「旅に必要なのは機能的な服だけだ。サンダルなんて足が疲れるし、駄目だ。…荷物になる」
女「…いいじゃん、ちょっとくらいさあ」
リン「だめ。行くぞ」スタスタ
女「うぐ…」
名残惜しいけど、サンダルをマネキンの足元に置いた。
リン「ざっと見た感じ、人の気配は無いがな」
女「大声で聞いてみようよ。おーい、誰かいませんかー?」
リン「…クリアが感知するかもしれないだろ」
女「あ、…そっか」
リン「はあ。もう少し危機感持て」
女「ご、ごめん」
ブースに光を向けては、戻す。向けては、戻す。
華やかな服に目移りする私とは対照的に、リンは機械的に確認を済ませていった。
女「…お?」
リン「なんだ」
ふと、足が止まる。
和装小物のお店だった。かなり高級だが、若い人むけの商品展開もしていた所だ。
女「ここ、入ったことないんだ」
リン「…」カチ
女「着物とか持ってないし、必要ないもんねー」
リン「行くぞ」スタスタ
女(本当、…つっめた)
先を行くリンに反抗して、私は店に足を踏み入れた。
実は結構、興味がある。和装が似合う少女を目指したいと、日本女子なら皆思うはずだ。
女(すご…。色々あるんだな)
木綿のハンカチ、帯止め、浴衣、巾着、下駄…。
本当になんでもある。落ち着いた大人向けのものもあれば、華やかな色合いのものまで。
女「あ」
リン「…なにやってる」
女「うわ、びっくりした!何、リン」
リン「それはこっちの台詞だ。寄り道していいと誰が言った」
女「いいじゃん、ちょっとくらい。それより、見て」シャラ
リン「…なんだそれ」
女「簪だよ、簪!」シャン
リン「…」
女「可愛いなー。このしゃらしゃらした飾りついてるやつとか。夏祭りで着けてみたい」
リン「あのな」
女「リンにはこれが似合いそう」ピト
リン「!」
黒い軸に、牡丹が描かれた丸い飾り板を持つ簪。
彼のきれいな黒髪に刺すと、まるで牡丹を髪にさしているように見える。
リン「ふざけてるのか」
女「リン、髪の毛結んでないし。これで纏めなよ」
リン「女物だろ!」
女「似合ってるって、本当に!」

女「ちょっと刺してみていい?」
リン「やだ。やめろ、触るな」
女「まあまあ」クルクル
リン「おい!!」
女「…お、本当に似合ってるよ!いいじゃん」
リン「ふざけ…」
彼は怒って簪を引き抜こうとしたが、ふと手を止めた。
リン「…確かに、髪がうるさくはないけど」
女「でしょ?纏め方覚えたら簡単だよ。付けなよ」
ふむ、と口に手を当て思案顔になる。
実用性とそのほかを足し算引き算しているようだ。
リン「…確かに少し邪魔になっていたしな」
女「切らないの?」
リン「ああ」
女「ふーん。じゃ、せめてこうしてれば?」
リン「…お前の安に乗るのは気が進まないが、まあ、そうする」
女「おお!」
私は改めて、試着用の簪を引き抜いて新しい商品をリンに差し出した。
女「プレゼント、みたいだね」
リン「金も払ってないのに、偉そうにするなよ」
もう一度、彼の髪をお団子にして簪を挿してあげた。
女「うん、かわいい」
リン「手が出そうになる」
女「なんで!褒めてるんだよ?」
いらん、と彼は無表情でそっぽを向いた。
揺れる牡丹の絵と、リンの黒髪を見つめる。
リン「結局、この階の収穫はナシだな」
リンはマップを片手に、溜息をついた。
女「じゃあ次は3階だね」
リン「ああ」
停まったエスカレーターを上り、3階を捜索する。
しかし家具屋と寝具店、そのほか目ぼしい店を覗いても、人の気配はなかった。
リン「…いないな」
女「そうだね」
少しの間、沈黙が流れる。
女「…でもさ、入れ違いになってる可能性もあるよね?」
リン「これだけ広いとな」
女「だめもとでさ、アナウンスかけてみない?」
リン「アナウンス?」
女「そう。迷子放送とかしてる放送機器使って、私達はどこどこにいますから、来てくださいって放送するの」
リン「…なるほど」
リン「けど、クリアを刺激することになるぞ?」
女「うん、だから一階で待たない?それで危なくなったら逃げる」
リン「…」
リンの足し算引き算が始まる。 求めた解は
リン「試してみる価値は、あるな」
女「でしょ?」
リン「どこで放送してるか、分かるか?」
女「インフォメーションのところだよ。こっちこっち」
リン「なるほど。まあ、難しくはなさそうだ」
女「じゃあ、やってみよう」
リン「少し待ってろ」
リンがリュックから、黒い塊を取り出した。
女「…なに、それ?」
リン「エレクトキューブ」
あ、何か聞いたことあるかも。たしか
リン「この箱の中に電気を溜め込んで、機器と接続する。持ち運べるコンセントみたいなやつだな」
女「へー、便利だね」
リン「待ってろ。繋ぐから」
カチ
女「…どう?」
リンが指先でマイクをつつく。 トッ、とくぐもった音が辺りにこだました。
女「すごい。使えるようになってる!」
リン「お前のいた場所で充電させてもらったからな」
女「何時の間に…。あ、何て放送しようか」
リン「そうだな。…玄関口のイベントやるホール、あるだろ。あそこがいい」
女「じゃあ、そこに来てくださいって放送するね」
リン「…お前が?」
女「え、やりたい。やってみたい」ワクワク
リン「…」
女「もしかして、リンもやりた」
リン「お前でいい、さっさとやれ」
お、リアルタイム
応援してるよ
女「…」
深呼吸をして、マイクに口を寄せる。
女「あ」
あ、あ…。 私の声が、がらんどうとなったモールに響く。
女「…ただいまマイクのテスト中」
リン「余計なことするな」
女「はーい。ええと、…ごほん」
余所行きの声を、そっとマイクに吹き込んだ。
女「…ええと、私の名前は女。リンという少年と旅をしています。今日から」
女「生存者を探してここまで来ました。だれか、いませんか?」
女「もしいたら、一階のイベントホールまで来てください。ショーとかやる、舞台とイスが設置された所です」
リン「…」
女「で、いいかな?」
リン「まあ要点は伝えられただろ。切るぞ」
リンがキューブを抜き、放送機材は再び物言わぬガラクタと化した。
女「来るかな」
リン「さあ。人が来るか、青い幽霊が来るか。それとも、何も来ないか」
女「私の声、変じゃなかった?」
リン「普通だ」
そう言うリンの声は、冷たく透き通っていた。
人を待つ間、ホールで夕食をとることにした。なんだかんだで、もう夜だ。
リンが取ってきた冷凍食品を、キューブを使って電子レンジで温める。
女「冷凍食品のチャーハンってさ、美味しいよね」
リン「そうか?」
女「うん。お店と同じ味する」
せっせとスプーンでご飯粒を口に運ぶ私を、冷めた目で見つめるリン。
彼の選んだ食事は、うどんだった。
リン「…」
つるつると機械的に摂取していく。
女「ね、ちょっと交換しない」
リン「行儀が悪い。しない」
女「ケチ」
リン「ガサツ」
…会って2日だが、なんとなくリンの呼吸が分かってきた気がする。
彼は冷たく、どこか事務的だけど、賢い男の子だ。
賢いから、話しやすい。徹底した感情排斥が、逆に心地よく作用しているみたいだ。
みてるぞ
食後、コーヒーショップから拝借してきたココアの粉とコーヒー豆で一服した。
女「ミルクがあるともっといいんだけどな」
熱いココアを拭いていると、明らかにリンは私を見下した目をした。
リン「コーヒー飲めないのか」
女「だって、苦いじゃん」
リン「18歳なのに?」
女「焦げたトーストみたいな味するんだもん。酸っぱいし」
リン「苦味をうまみと感じられないのか。貧相な舌だな」
女「…ココアのほうが美味しいもん」
何気ない会話を重ねているが、なんとなく気づきはじめたことがある。
女(…来ないな)
リンもそれを分かっているのだろう。コーヒーを飲む手が、止まりがちだ。
女「…遅いね」
リン「もう少し待とう」
女「…」ズズ
私は膝を抱え、さっき書店で取ってきた雑誌を読むことにした。
リンは、ランプの明かりでなにか書き物をしている。
リン「…」
手帳を閉じ、ふいに立ち上がった。
リン「なあ」
女「ん?」
リン「…ソレイユって店、知ってるか」
女「ソレイユ?」
女「…ええと、あれか。生パスタが有名なイタリアンのお店だ」
リン「ここにあるよな?」
女「うん。あー、懐かしい!3時間待ちの行列とかできてたんだよ」
リン「ふうん」
リンの目が、レストランの並ぶフードエリアに向けられた。
女「どうしてそんなこと、聞くの?」
リン「なんとなく」
女「今はもう、ピザもパスタも食べられないよ」クス
リン「…そうだな。けど」
リン「どこら辺にあった?」
女「…えと、東がわのフードエリアの、おすし屋さんの横。…だから、何で?」
いや、ちょっとな。リンは珍しく目を伏せ、口の中でもみ消すように相槌を打った。
女(…なんでだろ?)
リン「…」
リンはしばらく何か考えるように顔を伏せていた。
リン「トイレ」
女「え」
リン「行ってくるから、ここで待ってろ。すぐ戻る」
言うだけ言うと、リンはさっさと立ち上がった。警棒を手にし、懐中電灯のスイッチを入れる。
女「ちょっと、一人にしないでよ」
リン「お前までここを離れたら都合が悪いだろ」
女「そうだけど」
リン「すぐ戻る」
早口で言うと、リンは歩き出した。 東側のトイレへとはや歩きで向かう。
ゆらゆら揺れていた牡丹と、懐中電灯の明かりが、闇に吸い込まれていった。
女「…もう」
女(一人だと、やっぱ不安だな)
女「…」
気を紛らわすため、再び雑誌に目を通した。
中高生に爆発的人気を誇っていたバンドのボーカルが、白い歯を向けて笑っている。
女(今思えば、そんなに恰好よくないな)
学校で友達と話し合ったもんだ。ボーカルの何々君が一番カッコイイ。
いや、ギターのだれだれ君だよ。 分かってないな、ドラムのなんとか君だよ。
…今思えば、懐かしい、どうでもいい話だ。
女(…来ないかな)
目を閉じて、妄想する。
私はギターを弾くあの人が一番気に入ってた。ふわふわした茶髪の、イヌっぽい童顔の人だ。
そのイヌみたいなギターが、暗闇の中ひょっこり現れて。
それで、やっぱりいた!って、レトリバーを彷彿とさせる笑顔で言う。
嬉しそうに駆け寄って、私の手をとって…
ピシャ
女「!」
女(…いま、…なにか)
聞こえた。
水音だ。
反射的に、警棒に手を伸ばしていた。
ボタンを押し、凶悪な固い素材を露出させる。
女「…」
耳を澄ます。
水音は聞こえない。自分の呼吸の音、痛いくらいに鳴り響く鼓動。
それだけしか、私の耳に
ピシャン
女「…っ」
いる。
確実に、いる。
女(…どう、しよう。リンに、連絡…)
でも、まだ音が遠い。話し声で気づかれたらどうしよう。
女(ラ、ランプ…。消さなきゃ)パチ
怖い。 リンがいないと、こんなにも不安だ。
女(なにやってるの、もうっ…)
そういえばトイレに経ってから15分は経ってるんじゃないか。
いくらなんでも遅すぎる。
ピシャ
パチャ
音が、近づく。
ベンチの下に身を隠した。息をひそめ、音を立てないよう身を固くする。
女(お願い、通り過ぎて)
ピタ ピチャ
ピタ ピチャ
…一匹じゃ、ない?
女(…音が違う。2匹以上、いるんじゃ)
女(…っ)ギュ
リン、お願い。早く。離れるなって言ったの、そっちのくせに。
ピチャ
「…あ」
5,6歩先に、はだしの青い足が見えた。
ふら、ふら、ふら、と。踊るようにこちらへ、一直線に近づいて
女(や、ば)
気づかれた?逃げなきゃ でも、でも
女(…逃げなきゃ!)
私は勢いよくベンチから飛び出した。足で巻こう。トイレまで行って、リンを呼んで
「…あぁ」
女「きゃ、っ!!?」
嘘。
ステージの上には、もう一匹のトウメイがいた。
頭部に空いた穴が、目のように、じ、っとこちらを見つめている。
ピシャ ピシャ
後ろから迫る足音と、のそりと動き出した目の前の敵。
女(…あ)
動けなかった。
触れれば、倒せるだろうか。
でも、全てのトウメイには通じないかもしれない。
なら、殴って殺そうか。
女(うごけ、ない)
心臓の音がうるさくて、眩暈がして、足に力が入らない。
「う、-」
両方が、あと1歩踏み出せば触れられるんじゃないかという距離に、近づいて
動けない。
「…女っ!!」
凛とした少年の怒号と同時に、穴の開いた頭部が弾けた。
ナイフが弧を描いて飛んできたんだ。理解するのに、数秒を要した。
リン「伏せろ!」
言われなくても、伏せていた。足がついに体重を支えることを放棄したのだ。
力強い走りで、床を微かに揺らしながら、リンは敵にむかっていった。
牡丹の花が暗いモールに散るように、見えた。
「ぁあああああああ!」
パン。
軽い音がして、その後にぼたぼたと青い水が床に広がった。
リン「…」
顔をあげると、案の定、彼がいた。
リン「立てるか」
答えを聞く前に、私を引っ張りあげてくれた。
女「ごめ、ん」
リン「何で謝る」
女「動けなかった、の。…助けてくれて、ありがとう」
リン「…」
広がった水をブーツの底で踏みしめ、リンはこちらに一歩近づいた。

リン「いや、お前を置き去りにした俺が悪かった」
頬に冷たいものが触れた。
彼の、指だ。
私の顔についた青い死骸を、少し乱暴に拭う。
リン「俺のミスだ」
女「…」フルフル
リン「…出るか。やっぱり、逆効果だったようだな」
女「ここ、…やっぱり、いない?」
リン「ああ。これだけ待っても、来たのはこいつらだけだしな」
釣られたのだろうか。
私たちに助けを求めて、モールをさ迷う彼らが
放送を聞いて、胸を躍らせて。
リン「行こう。今日はもう、車の中に泊まるべきだな」
てきぱきと片づけをはじめるリンの背中をぼうっと眺めた。
全ての荷物を纏め終わると、リンは手帳を拾い上げて
リン「…」
彼のペンを握る手が、小さく動き、手帳にバツを書き入れた。
ショッピング・モール編終了です。
https://www.youtube.com/watch?v=mZ2fq-f-opE
https://www.youtube.com/watch?v=1udGU8f4mSo
この二つのサントラを聞きつつ見てみてください。
ゲーム「フラジール」なんか特にこのSSにアイデア与えてくれました。
今日はここまでにしときます。おやすみー
おつ
ショッピングモールの雰囲気を味わいたい方は「ピエリ守山」で検索してね
乙です
明日も楽しみにしてます!
乙!おもしろかった!
某所でまとめられてたの見て面白かったのでこっち来てみた
SSスレはmateのスレ検索じゃヒットしない仕様なのかな?
出会い編に比べるとショッピング・モール編はちょっとボリュームが少ない感じかな?
女とリンの旅路の果てに何があるのか、生き残った人間に出会えるのか、それともトウメイしかいないのか、はたまた二人の目の前でトウメイ化してしまった人間を倒すコトになってしまうのか……。
いずれにしても先が楽しみではあります。
あと、女といるうちに少ぅし“まるく”なっていくリンの姿が見れたら面白いかもしれませんね。
ねえ、お母さーん
…避難、するの?
「当たり前じゃない。お婆ちゃん家に行くって言ったでしょ」
ふうん
「準備したの?」
まだ
「いい加減にしなさい。教材も荷詰めしなさいって言ったでしょ」
…うん
「あのね、…学校でも教えられたでしょ?本当に危険なのよ」
分かってるよ
「お父さんだって途中で迎えに行かないといけないのよ」
うん
「友達とは、また落ち着いてからいくらでも連絡とれるでしょ。いい加減にしなさい」
…
「女?」
…だって、…怖いんだもん
「…何言ってるの」
「大丈夫よ。だから早く避難するんじゃない。ほら、泣かないの」
「もう、お姉ちゃんでしょ!大丈夫!しっかりしてごらん」
…う、うん
「じゃあ、はい。早く荷物」
…お母さん?
「何?」
おかあさん、
頭、が
しえん
女「…ん」モゾ
女「…ふあ」ムク
優しい朝日に促されて目を開けると、そこには
女「うおっ」
リン「…」
少女のような、寝顔があった。
女(…びっくり、したあ)
昨日のことを思い出す。
ショッピングモールで過ごした、あの時間。
久々に見る華やかなお店のウインドウや、まだ微かに香るコーヒーの匂い。
館内に響いた私のアナウンス。
そして、トウメイ。
女(…疲れ、てるのかな)
リンは小さな寝息を立てていた。 日ごろの堅く冷たい表情が、普通の少年と変わらないものになっている。
髪は解け、座席には黒い艶やかな線が走っていた。
女「…リン」
リン「…」
女「朝だよ、おはよう」
リン「…んん」
女「…朝だよってば」ユサ
リン「!!」バッ
女「うわっ!?」
私の手が肩に触れた瞬間、リンは野生動物のような反応速度で身を引いた。
腰に手が行き、手首には青い筋が浮き出ている。
女「ご、ごめん」
リン「…なんだ、お前か」
溜息をつくと、リンは抜きかけていた折り畳みナイフをポケットに仕舞った。
女(…物騒な)
リン「なんだ、早いな」
女「そうかな?」
リン「まだ6時くらいだぞ」
女「あれ、それ目覚まし時計?」
リン「ああ。6時半にセットしてる」
女「そっか。…えーと、ごめん。まだ眠いんなら」
リン「いい。完全に眠り妨げられたし」
女「あ、…そう」
リン「…ふわ」
リンは猫のようにのびをした。顔にはまだ昨日の疲れが残っているようにも見える。
女(そういえば、昨日はなかなか濃い日だったもんな)
女(私が旅にくっついて、ショッピングモールでは一事件あったし)
女「ねえリン、今日はどうするの」
リン「モールはもう、いいだろ」
女「え?…何で」
リン「何でって、誰もいなかっただろ。クリアもまだ残ってるだろうし、行くメリットはない」
女「そっか」
少し残念な気がする。
リン「顔洗って、飯食って、…さっさと出るか」
女「そうだね」
リン「ガソリンスタンドの中に、スタッフ用の洗面台あったろ。使って来い」
女「はーい」
ザバッ
女「…ぷは」
女「…ふう」キュ
女(ふと思ったんだけど、…私リンと寝たのか)
女(いやいや、表現がおかしいな。ええと、まあ、同じ屋根の下で寝たわけだ)
疲れていたので速攻寝てしまったが、とんでもないことのような気がする。
女「…」
パジャマがわりにしているパーカーをずらし、露出が無いか確認した。
女(…ま、リンに限ってそういうのはないか)
堅そうだし。
女(こういうの、被害妄想っていうのかな)
ドンドン
「おい、まだか。遅い」
女「ご、ごめん!」
ガチャ
リン「顔洗うのに何分かかってるんだ」
女「…色々あったんだよ。着替えとか髪の毛とか」
リン「ふうん」
女「私寝癖すごいし」
リン「どうでもいいな」
リン「…それより」
女「ん?」
リン「そういうダボついた上着は感心しない。どこかに引っかかるかもしれないだろ。あと、靴も」
リンの目線をおい、自分の姿を確認する。
白いチュニックと、ジーンズと、パンプス。
女「動きやすいほうだと思うけど?パンプスも、ヒールはないんだし」
リン「…女っていうのは、どこでも洒落気を出さないと気がすまないのか」
リンは眉根を寄せ、会ってから何度と無く目にした呆れ顔をした。
女(いやいやいや、普通でしょ…?特別オシャレしてるわけじゃないし)
確かにリンの服は機能的だ。簡単に脱ぎ着できて、気温にも合ってる。
(ちなみに今の彼は、無地の黒いパーカーにジーンス、ブーツという隙も色気もない恰好だ)
女「これ、だめですか」
リン「いや、もういい。また着替える時間が勿体無い。どけ」
女「…」
バタン
リンはいつでも効率的な動きをした。
水音が聞こえた一分後、彼は洗面台から出てきた。
女「…あれ、髪は?」
リン「は?」
女「いや、もう簪使わないのかなあって」
リン「…」
ぶすっとしたリン。 白い頬が少し膨らむ。
女「…自分じゃ挿せないの?」
リン「簪が挿せないことが、不都合だとは思わない。だいたい男がするもんじゃない」
女「してあげようか」
リン「いい」スタスタ
女「ちょ、ちょっと待ってよ!折角だし使おうってば」
リン「時間の無駄だ」
女「いや、30秒もかからないから」ガシ
リン「いいって言ってるだろ、離せよ」
女「ほら、貸して。…よいしょ」クル
リン「…あー、もう」
女「はい、完成。ほら、邪魔じゃないでしょ?」
リン「…上手いな」
女「え、ありがとう」
リン「いや、別に褒めてはいない。どうしてこんなどうでもいい技術ばかりあるのか疑問なだけだ」
女「そうですか…」
リン「早く朝飯にしよう。今日も移動するんだからな」スタスタ
女「はいはい…」
朝食は、昨日拝借したビスケットと苺のソース。
ソースのほうは、ある有名な会社が確立した技術で、長期保存が可能らしい。
パックを開けたときにした甘酸っぱい香りに、少し感動してしまった。
女「…美味しい」サク
女「すごいねえ、この会社。味とかも、プロの作ったスイーツみたいだよ」
リン「ソースごときで」フン
女「…リン、何見てるの?」
リン「地図」
女「どこの」
リン「この近辺のに決まってるだろ。馬鹿か」
女「行き先でも決めてるの?」サク
リン「ああ。…」
リンの目線が、地図と手帳を忙しなく行き来する。行き先もちゃんと考えて、効率よく回っているのだろうか?
リンが眉根を寄せて地図とにらめっこしている隙に、手帳に手を伸ばした。
昨日も見ていたし、何が書いているのか、気になって。
リン「…おい」
女「はい」ピタ
リン「人の手帳を触るな」
女「…えー、駄目?」
リンは溜息と共に手帳を拾い上げ、膝の上に移動させた。
女「それ、何を書いてるの」
リン「今後のスケジュールとか、回ったところのデータとか、色々だ」
…なんで見せてくれないのかな。
リン「言っておくが、お前に見せたところで分かりやしない。だから見せる必要もない」
女「し、失礼な」
リン「決めた」パン
女「なにを?」サクサク
リン「今日は、ここに行く」
リンが地図を広げ、指で場所を示した。
女「…山の方面?」
リン「ああ。とにかく北上を続けて、高地へ行く」
女「何で」
リン「タッセルクリアが流行した時、ネットで高地にいると病にかかりやすいというデマが流れた」
女「あ、知ってるよ。あれデマだったんだ」
リン「まあ人と隔離されているという点では都会よりマシだがな。とにかくデマだ」
女「それを信じた人が、残っているかもしれないね?」
リン「そういうことだ」
くるくると地図を丸め、リンは立ち上がった。
リン「…いつまで食べてる。行き先も決まったし、行くぞ」
女「あ、はーい。もう一枚」サク
リン「…はあ」
ブロン
リン「よし、…行くぞ」
女「はーい」
リンがアクセルをゆっくり踏み込んだ。丁寧な迂回をし、駐車場を出る。
ミラーを見た。
巨大な廃墟と化したモールは、ミラーの中でどんどん小さくなっていって。
ついに、街路樹に阻まれて見えなくなった。
女(さよなら)
私はまた一つ、自分のいた場所から遠ざかったのだ。

リン「おい」
流れる町並みをぼんやりと眺めていたら、突然声をかけられた。
女「ん?」
リン「後部座席の下に、クリアファイルがあるだろ。取って」
女「…ええと、これ?」
リン「中に入ってる書類を読め」
女「どうして」
リン「お前は質問が多い。3歳児か」
女「だ、だって」
リン「病のことやクリアに関しての資料がある。お前は一段と危なっかしいから、読んでおけ」
女「…資料」
そんなものが。
確かに私は、トウメイや病に関しての知識が薄い。
女「分かった。知らなきゃいけないもんね」
ファイルの中は結構分厚い。少し眩暈がしたが、自分を鼓舞して資料を開いた。
女(…タッセルクリア症候群について)
資料は全て手書きだった。丸みを帯びた、子どもっぽい筆跡。
女(…リンが?)チラ
リン「どうした。早く読め」
あのマメな少年のことだ。こういう資料も、先のことを見越して作っていたに違いない。
気を取り直し、手元に目を落とした。
タッセルクリア症候群について。
発生源は未だはっきりとはしていないが、恐らく北欧地域の風土病だったとされる。
ある研究では、13世紀前半に猛威をふるったが、その後なぜか急激に衰退したとされている。
書物や絵画など、病気を示唆する内容の資料はあまり残されていないらしい。
治療法なども当時確立されておらず、何故治まったのかは不明。
資料が少ない理由としては、流行った地域が極めて限定的なことが挙げられる。
現在でも、病を防ぐ方法は確立されていない。
タッセルクリアは伝染病であり、飛まつ、接触(濃厚接触、軽度接触両方を含む)などが主な感染源。
感染率はきわめて高く、死体などから出される青い液体に少しでも触れた場合、感染成立となる。
女「…」
女(頭痛くなってきた)クラ
感染した場合、ほぼ100パーセントの人間が死に至る。
感染後個人差はあるが、1~12時間以内に頭部が水風船のように膨れ上がり、破裂。
その際本来あるべき脳組織や血液、骨などはなく、ただ青い液体だけが飛び散る。
つまり、患者は青い液体となる。
死体は頭部を失った後、溶けるように透けていき、例の液体と化す。
そのまま蒸発していくのがほとんど。
しかし、半分以上が「クリア」と呼ばれる二次災害を起こす不可解な生命体となる。
女(…クリア、か)ペラ
「クリア」について
政府の報道からは一切語られなかった、二次災害生物。
恐らくタッセルクリア病患者の、死後の姿(?)
青く透明な、ある程度の粘度を持つ体をしている。
形はさまざまであり、運動機能も違ってきている。
共通するのは、発声器官の有無(目視による、だが)に関わらず、人に似たうめき声のような音を出すこと。
そして、もうひとつ。
女「…」
奴らは人を捕らえ、食べる。
正確には、とりこむ。
一度だけ、被害にあったであろう男性の姿をみたことがある。
彼は足を怪我し、動けないところを取り込まれたようだった。
まずクリアの体が彼に延びていき、全身を覆う。
男性はもがくが、そのたびにクリアは体の形を変え、執拗に纏わりついた。
男性は恐らく、窒息して死に至る。
クリアはそのまま包囲を続け、男性の体は急速に溶かされていく。
そして、数分後には彼を殺したクリアとは微妙に色の違う、新たなクリアができあがるのだ。
女「…リン」
リン「なんだ」
女「クリアの食べる、って。…同じ仲間にしてしまう、ってこと?」
リン「そうだ」
女「…ど、どういうこと、これ。見たことあるの?」
リン「…ああ」
女「男の人が、溶かされて、って。…ほ、ほんと?」
リン「そうだ」
女「…」
リン「とにかく、奴らはあの手この手で体に纏わりついてこようとする。丁度アメーバに似ているんだ」
女「…窒息死、か」
リン「ああ」
女「…辛かったね」
リン「彼は、…だろうな。もがいていた」
女「ううん。その殺された男性もそうだけど、リンも」
リン「…は?」
女「だってリンは、その人のこと助けられなかったんでしょ」
リン「…そうだな」
女「辛かった、よね」
リン「…」
女「目の前で人が死んでいく姿なんて、…」
リン「…変な奴」
女「え?」
リン「普通、何で助けてあげなかったのとか言うだろ。何で可哀相なんだ、俺が」
女「い、いや。だって」
リン「嘘だ」
女「え」
リン「これは人づてに聞いた話だ。俺が見たわけじゃない」
女「な、なんだ。そっか」
リン「お前、騙されやすいな」
女「リアルなんだもん!変な嘘つかないでよ」
リン「ああ」
女(…何考えてるんだか)
ふと、気づく。
リンに纏わりつく、「既に会った生き残り」 の影。
聞きたい。
けど、
リン「…」
聞いたら、駄目な気がして。
女(…色々、あるよね)
私は手元に目を戻すのだ。
クリアは、それほど力があるわけではない。 動きがすばやいものも稀だ。
ただ、一度でも触れると二度と離れない危険性がある。
クリアに触れるのは、死に直結する。
リーチの長い武器や、とび具で処分するのが一番だろう。
クリアの発生場所についてだが、一応テリトリーのようなものはあるようだ。
例えばAビルにいるクリアが、隣のBビルに移ることはない。
大体がAビルの中で、さ迷う。 何か意図があるのだろうか、それは不明だ。
夜は特に注意すること。動きが活発になる場合が多い。
「生き残り」について
タッセルクリアに感染しなかった人物も、ある程度いるようだ。
これまでの旅では数名に出会った。
訳あって一緒に行動することは叶わなかったが、今でも元気にしていることを願うばかりだ。
生き残りは、きっとまだいる。 希望を捨てず、自分に今やれることをやっていくことにする。
女「…なるほど」
リン「目新しい情報はあったか」
女「かなり」
リン「まあ、よく分からないというのがほとんどだ。情報源もなにもないしな」
女「すごいね、リン。よくまとめられてる」
なんというか、この少年の大物さ加減がよく分かる。
同時に、偏屈さも。
リン「…」
女「いや、でも久々に長文読んで頭痛くなっちゃったよ」
リン「待て、二枚目の資料は読んだか?」
女「…まだあんの」
リン「それが大事だ。短いから目を通せ」
「潜伏感染」について
タッセルクリアには、潜伏期間が長い場合もある。
そういった患者には、首元に赤いアザが現れる。
これは既に政府も発表した情報だ。 潜伏期間など、詳しいことは不明だが。
思うに、あのパンデミックから生き残ったとしても、油断はできないのではないだろうか。
病気は発現する機会をうかがっているだけかもしれない。
首もとの確認は、決して怠らないこと。
もし、アザが確認できた場合
女「…続きが、ない」
リン「なあ」
女「ん?」
リン「お前は、どうする。首にアザができたら」
女「…うーん」
リン「自殺でもするか?」
女「分かんない」
リン「…だよな」
リン「誰にも、分からないんだ。だから、そこの行は空けてある」
リン「…多分」
女「対処法とか、治療法はないってことね」
リン「あったら怯えず暮らせるんだけどな」
女「そっか…」
私の首に、いきなり、薔薇を思わせる毒々しい色をしたアザが現れたら。
どうしようか。
女「…」
答えは
女(やっぱり、分からない)
女「ありがとう、リン。かなり参考になったよ」
リン「戻しておけよ」
女「はーい」
リン「理解できたか?」
女「勿論。…なんでわざわざ確認すんのよ」
リン「たまにいるからな。目を通しただけで頭に入ってないやつ」
女「ひどい!ちゃんと覚えたもん」
リン「どうだか」
女「ちょっ…」
車は、いつの間にか市街地を抜けていた。
窓から見える景色に、明らかに緑が多くなる。
女「…うわ」
人間がいなくなった世界でも、植物はたくましく生きている。
リン「窓、開けるか。換気するぞ」カチ
女「ひゃー!マイナスイオン」
爽やかな空気は、瑞々しい「生」を感じさせた。
車は走る。
木々の木漏れ日の間を抜け、切り立った崖を背にし、鉄橋を越えて。
私はリンに命じられ、窓の外に目を凝らし続けた。
流れる木々の間に、人の痕跡は見受けられない。
…やがて、小さなパーキングエリアに車は停まった。
バタン
女「…うー!」ノビー
リン「…」コキ
女「なんか、ごめんね。リンにばっかり運転させて。大変だよね」
リン「別に」
女「…私も教えてもらえば、できるようになるかも」
リン「…」
リンの顔に、陰が差す。
リン「駄目だ」
女「何で?」
リン「お前に運転を任せると、…車が無事で済みそうにない。いい、必要ない」
女「ひどくない!?」
リン「…俺がいるから、いいんだ。運転なんて、俺がする。それでいい」
噛んで含めるように彼は言った。
私に、じゃなく、自分にも言い聞かせるようだった。

女「よ、っと」トン
リン「済んだか」
女「あはは、ごめん。お待たせしました」
トイレがあるって、文明的じゃないかな?
どんなに荒廃した世界でも、人間の尊厳だけは保って生きて行きたい。
リン「じゃ、乗れ」
女「はーい」
日は高く、そろそろお昼だ。腹時計がそう告げている。
リン「ほら」
車内で、カップラーメンを手渡してくれた。何時の間にお湯を注いだのか。
女「ここで食べていいの?」
リン「零すなよ」
女「うん」
そのまま二人で並んで、長期保存のラーメンを啜る。
残った食べかすを、リンは丁寧にビニールに入れて、パーキングのゴミ箱に捨てた。
私は彼の、そういう…なんというか、文明的なところに安心する。
女(捨てたって、誰も回収しに来ないのにな)
それでも、依然そうしたように、する。
リン「行くぞ」
リンは、まだ人間の社会性を捨ててはいない。
女「…あれ」
ふと、気づいた。
女「ねえ、リン」クイ
リン「運転中に触るな」
女「ごめん。…あのさ、もしかしてだけどさ」
リン「ああ」
リンが通るこの山道。ところどころに点在するパーキングエリア。
それに、見覚えがあるのだ。
そう、この道は。
女「…ドリーミィランドの道だ」
リン「ふうん。驚いた」
リンが軽く眼を見張った。一瞬こちらに顔を向け、片頬で笑う。
リン「そうだ。いまからそこに行く」
女「マ、マジか」
ドリーミィランド。 県内では知らない人のいない、大型の遊園地だ。
女「ええと、それはまた、なんで?」
リン「大型の施設はとりあえず調査する。それに、そろそろ車も停めて今夜の寝床を確保したいしな」
女「遊園地、かあ」
そんなところに人なんているのかな
リン「行ってみなきゃ、分からないだろ?」
女「…な、何も言ってないけど」
リン「完全に顔が、“そんなところに生存者はいません”ってかんじだった」
女「え、…嘘」
リン「お前、本当に分かりやすいよな」
女「い、いや!思ってないし」
リン「嘘つけ。疑わしそうな顔してた」
女「あ、あのねえ」
そのとき。
女「…あっ」
風を入れるため半分にあけていた窓の外に、赤い何かが見えた。
女「…観覧車だ!」
そうだ。観覧車。
リン「本当だ」
リンも目を細める。 大きな赤い円が、腕を広げるように空を占拠していた。
遊園地が、近い。
女「なんか、わくわくしてきた!」
リン「モールでも言ってたよな、それ?」
女「だって、遊園地だよ!懐かしいなあ」
リン「子どもだな」
女「リンだってちょっと嬉しそうだよ」
リン「俺は別に」
女「うそだー。だって笑ってる」
リン「この笑みは、お前を馬鹿にしてるから来るんだ」
女「リン!?」
そして、数分後。
バム
女「とうちゃーく!」
リン「うるさい」
私達は、遊園地の駐車場にいた。
錆びたゲートをくぐり、2,3台の車がぽつんと停まる駐車場にたどり着く。
女「やっぱ、車少ないね」
リン「避難警報が出されているのに遊園地に来る馬鹿はいないだろ」
女「誰のかな」
リン「ここのスタッフとかだろ」
女「あ、そっか」
覗き込んでみたが、空っぽ。
葉っぱと土ぼこりが被った車は、恐らくもう動かない。キーだってないし。
女「…よしっ」
荷物を整え、リンと並んで観覧車を見上げる。
リン「行くぞ」
リンが軽く、私の背中を押した。
かつての賑わいが消え去った、恐ろしいほどしんとした遊園地。
それでも、同心に帰った私のはわくわくと上気していた。
二人は、はげたペンキで「welcome」と書かれたゲートをくぐった。
>>165
おつおつ
楽しみにしてるよ!
おつです
楽しみだ
人類滅亡後の遊園地……、どんな一悶着が待ってるコトやら……。
ワクワクして待っとりますよ。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【2】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【3】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【4】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【5】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【6】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【7】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【8】
オススメ記事紹介
- 父親をすげえと思った瞬間教えて
- お前らの上司、お偉いさんが発した迷言を晒してけ
- クレジットカードつくったから海外の商品を購入してみた結果・・・
- 警察剣道怖すぎワロタwwwwwwwwww
- レアチーズケーキを作ってる
- よく考えたらさ、木のでっかい一枚板ってどっから切り出してんだよ?
- 糞つまらない4コマを面白くする法則見つけたったwwwww
- ムカデ人間を超えるカルト映画を教えてくれ
- デザイン系の仕事って実際どうなの?
- おまえらが寝付く時のコツ披露してけ
- 明日アパート見学に行くんだけど調べるべきことって何がある?
- おすすめのWeb漫画教えて
- 頭が良ければ人生ヌルゲーだと思うんだが実際IQが高い人から見てどうなの?
- 昔の日本の面白雑学書いてけ
元スレ 女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1441511235/
|
|
information
オススメ




















推敲しないのかな