
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【2】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【3】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【4】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【5】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【6】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【7】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【8】
女「…」
リン「…」
私達は、無言で山道を走った。
何も言えなかった。
悲しい、とか、寂しいとか、…この感情につく名前が思いつかない。
リンは、どう思っているのだろうか。
彼は今、何を考えて運転をしているのだろうか。
女「…」
その横顔は、いつもより白く見えた。
リン「なあ」
女「あ、…なに?」
リン「お前今、何考えてる」
女「…」
リン「どう思った」
女「分かんない。…悲しい。けど、…良かったなって思う」
リン「良かった?」
女「だってコマリは、もう一人ぼっちじゃないでしょ」
リン「そうだな」
女「…リンは?」
リン「概ねお前と一緒だな」
リン「それより一つ、気になったことがある」
出たよ。
感傷に浸るということを知らないのか、この男の子は。
リン「あいつの遺体についてだ」
女「ああ。…綺麗だったね」
リン「損傷が全く無かった。俺たちが来る1秒前に死んだといわれても驚かない程度に」
女「確かに」
そうだ。コマリ、って呼んだら、あの可愛い声で「はあい」って返事して起きそうなほど。
リン「…首の痣。あれは潜伏感染の証だ」
女「そうだね」
リン「俺は、…それが何か関係してるんじゃないかって思ってる」
女「でも、感染しちゃったら頭が破裂するんじゃないの?」
リン「潜伏感染の例を見たことがあるか?」
女「ない…」
リン「なら、わかんないだろ。ああやって死体が綺麗なまま残るのかもしれない」
女「死体はまあ、百歩譲って分かるとしてさぁ。あの煙みたいな霊体…みたいなのは?」
リン「知らん。分からん」
女「っていうか、こんな話すべきじゃないよね?もっとこう、じーんとすべきじゃない?」
リン「はあ?…いや、もういいだろ」
女「リンって、…切り替え早いよね。あ、悪い意味でだよ」
私が精一杯の毒をこめた言葉に、リンが片頬を歪ませた。
リン「俺はあいつが嫌いだったからな」
女「…そうなの?」
リン「ああいう甘ったれは、苦手だ。いなくなって清々してる」
女「…ふうん」
そういうことにしておこう。
彼がコマリを抱いた時の、あの優しげな声や表情とか。
彼がコマリに手向けた、あの花の美しさとか。
…言ったら、怒るんだろうな。彼は。
リン「何笑ってる」
女「ううん。…リンってさあ、いい人だよね」
リン「はあ?」
女「何でもない」
じろりとこちらを睨んできたリンの視線をかいくぐるように、窓の外に目を向けた。
コマリの今際の言葉どおり、リンは山を下り、海に向かっている。
女「ねえ、リン」
リン「ん」
女「…コマリと何を話してたの?」
リン「は?」
女「いや、いきなりコマリに協力しだしたり、別れ際だって何かこしょこしょ話してたじゃない」
リン「…」
リンがサイドミラーに目を向けた。
リン「たいしたことじゃない」
女「…彼って?」
リン「知らない」
リンがハンドルを切る。私の体は慣性に従い、ゆるく揺れた。
女「生存者?」
リン「…多分」
女「歯切れ悪くない?ねえ、何か秘密にしてるでしょ」
リン「本当に知らない。ただあいつは、生きた人間が海に向かったと言っていたんだ」
女「それが条件だったの」
リン「ああ」
…本当かなあ。
かなり、怪しい気がする。
女(なーんか)
リンは私に、何か隠している気がするのだ。
でも、追求しすぎるのはいけない気がした。
女(ま、…会って一週間も経ってない人に、軽々しく何でも言えない、か)
少し、…いや、なんでもない。
少し停まろう。
正午の少し前、リンが呟いた。
女「ん、どうかした?」
リン「少し休みたい」
確かに。リンの一日は、ほぼ外を走り回るか、運転するかだ。
女「ごめんね、運転ばっかりさせて」
リン「しょうがない。お前にハンドル任せたら生命の危険だからな」
女「返す言葉もないけど…」
リン「涼しくなってきたな」
リンがついに、道路わきに車を停めた。
狭い道だが、対向車などあるはずもないので気にしなくていい。
リン「…なあ、川だぞ」
リンが私の座る助手席の窓を、顎で示した。
女「えっ」
身を乗り出すと、さらさらと音を立てる木の葉の隙間から、清い流れが見えた。
女「ほんとだ!!」
リン「よし、降りよう」
リンが珍しく、瞳に輝きを湛えている。
女「うんっ」
女「つめたーーー!」
ばしゃばしゃと音を立てて浅瀬に入る。
飛び散った水の冷たさは、成る程、もう秋だ。
リン「転ぶなよ」
リンが裾をまくりながら言った。 失礼にもほどがある。
女「大丈夫ですからー。…リンも、ほらっ」
お返しに手を引っ張ると、リンはつんのめりながら川に入った。
リン「うわっ」
女「冷たいでしょ」
リン「いきなり引っ張るな。転ぶだろ」
リンはぎこちなく腰を曲げ、水を掬った。
美しい透明さだった。清水は光を屈折させ、リンの手のひらを爽やかに潤す。
リン「綺麗な川だな」
女「ここ、近くにキャンプ場とかもあったんだよね。もっと上流に行けば、滝もあるよ」
へえ、と呟いたリンに、そろそろと近づく。
冷たい水を掬って、そーっと
リン「おい」
女「げ」
振り返ったリンが、じとりと私を睨んだ。
女「えへへ」
リン「小学生みたいなことをするな」
女「いやー、水っていいよね」
ぱしゃぱしゃと子どものようにはしゃいで跳ね上げる私。
リン「…寒い。もういい」
体を冷やすだけ冷やすと、さっさとタオルで足を拭くリン。
女「水着とかあればなー」
リン「風邪引くだろ、この冷たさじゃ」
女「でもこんな綺麗な川、泳がなきゃ損じゃん」
リン「…川遊びがしたいなら、もっと他に適役なのがあるぞ」
え、と振り向く。
玉石が転がる川瀬に腰を下ろしていたリンが、にやっと笑った。
リン「というわけで、今日の晩飯を取れ」
手渡されたのは、釣竿と網。
女「…こんなのあったんだ」
リン「勿論だ。たまには出来合いの食品以外のものをとらないとな」
女「でも私、釣りしたことない」
リン「知るか。とにかく自分が釣った分だけが食える、というルールの下やる」
暴君かこいつは。
女「と…取れなかったら、分けてく」
リン「やだね」
女「嘘ぉ」
身の丈ほどの釣竿と、網を持ったまま呆然とする。
リンはさっさと場所を吟味しにかかった。
女「ちょ、っとー」
リン「なんだ」
女「やり方がわからないんだけど」
現代っ子め、とでも言いたげな目でリンはこちらを見た。
やれやれとこちらに近づいてくる。
リン「本当にやったことないのか?」
女「うん。全然分かんない」
リンは溜息をつき、釣竿を手に取った。
リン「餌をつける。針で指切るなよ。あと、返しが付いてるから服につけるな」
リン「…で、投げる。糸を張って、魚がかかるまで待つ」
女「魚がかかったら、どうするの?」
リン「引っ張る。終わり」
女「えー?」
リン「えー、じゃない。ほら、さっさと振れ」
女「ま、待ってよ。まだポイント決めてない」
リン「あっそ」
女「…絶対リンよりいっぱい取ってやる」
リン「ふうん」
待ってるよーー、!!
砂利の上を歩き、魚のいそうなポイントを探す。
上流なので川の流れはそこそこに速い。
女(…いんのかな、魚)
やがて目視じゃ何も確認できないと知った私は、川の中央にある大きな石まで移動した。
女「よ、っと」
ぬるぬるした苔を踏まないよう、慎重に足場を決める。
リン「そこでいいのか」
女「リン、こっちは私のテリトリーだから来ないでよね」
リン「はいはい」
びゅ、と軽い音がして、リンが竿を振った。
女(負けるか)
みようみまねで、私も川の流れに糸を垂らした。
女「…」
糸は流され流され、ぴんと張って止まった。
女(かかるかな)
少しの不安と、大きな期待を胸に、竿を握り締めた。
30分後。
女「…」
1時間後。
女「…」
遠くで静かな水音がした。
振り返ると、リンが何の感動も無く竿を上げ、大きなニジマスをバケツに移していた。
女「…」
唖然としてその様子を見つめる。
リン「…」
リンはもう一度竿に餌をつけ、…そしてちら、とこっちを見た。
女「!」
笑っていた。
目を細め、顎を上げ、どうだといわんばかりに。
女「く、…っ」
悔しい。本気で悔しい。
女(なんでいつもいつも、リンのほうが優秀なのよ)
もう見ない。急いで竿に視線を戻し、その振動に集中する。
しばらくして、また後ろで水音がした。
またまたしばらくして、後ろで水音がした。
またまたまたしばらくして、…
女「やめた!!」
2時間半が経った時、わたしは遂に高らかに宣言した。
岩の上を下り、足音荒く砂利道を歩く。
リン「あれ、やめるのか」
竿を繰りながら、リンが言った。
女「…」
彼の傍らにあるバケツには、瑞々しい色の魚が4匹。
女「私に釣りは向いてないのかも」
リン「だろうな。集中力、根気がいるからな」
女「…っ」
くそう。くそう、くそう。
リン「どうすんだ?このままじゃ晩飯ナシだぞ」
女「黙ってて。あのね、考えはあるんだから」
そう、ある。
女「リンは今4匹ね。…すぐ倍にするから、いいもん」
リン「そんなに取っても食いきれないだろ」
冷静に竿を見つめながら返すリンに、精一杯の抵抗として舌を見せた後、私は服に手をかけた。
上着に着ていたパーカーを脱ぎ、半そでのTシャツだけになる。
リン「…」
靴を脱いで、太ももまでを覆っていたハイソックスを地面に放る。
リン「何する気だ」
リンが静かに聞いた。
女「魚のつかみ取り」
短く返すと、私は川の中に勇ましく入っていった。
9月16日 ×
って書こうと思ったら来てた!
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リン「馬鹿?」
リンが死んだ表情で首を傾けた。
女「なんでよ!何もかからない棒を持ってるより、こうしたほうが良いに決まってるでしょ!」
リン「…」
女「もう話しかけないで!集中できない」
リン「まあ、なんだ」
リン「…頑張れ」
リンが竿を引き、腰を下ろした。
リン「俺はもう十分取ったし、休むからな」
女「ふうん。勝手にすれば」
リン「…コケるなよ」
そういうと、リンはリュックを枕にして横になった。
女「…」
水面をじっと見つめる。
リンの安らかな寝息は、研ぎ澄まされた神経には入ってこなかった。
ああ、山際に熟れた蜜柑のような日が沈んでいく。
女「…」
開始早々、苔を踏みつけ転倒してしまった私。
その濡れそぼった体を、夕焼けが赤く染めていく。
リン「で」
昼寝から目覚めたリンが、胸元をかきながら言った。
リン「どうなんだ」
女「…」
私は、答えない。
リン「…」
聞いても無駄と判断したのか、リンが私の持つバケツを覗きこんだ。
リン「…」
はあ、と溜息。
リン「大漁だな」
私のバケツには、うっかり川に落としてしまったスニーカーだけが入っていた。
女「…」
何もいえない。
リン「さて。…お前、着替えろ。濡れた服は洗って、ロープにかけておけよ」
リンはぼりぼりと頭をかき、車の方に向かっていった。
女「…」
こいつのバケツ、蹴り倒してやろうかなあ。
…いや、やめた。多分殺されるし、虚しいだけだ。
女「あー…」
私の晩御飯は、ないようだ。
リンが火をおこし、見たことのある黒い箱を上に吊るした。
女「…飯ごう?」
リン「お、知ってるのか」
女「そんなものあったんだ」
リン「ああ。たまに使う」
ふうふうと焚き火を吹いた後、リンは飯ごうに水とお米を入れた。
女「…」
なんとか主食は確保できた、…のか?
しゅわしゅわ、と音がして、細かい泡が飯ごうから吹き出る。
女「…泡出てるよ?」
リン「そのままでいいんだ」
女「ふーん」
リンは少しだけ飯ごうをずらし、何時の間に処理したのか、串刺しの魚を焚き火にかざした。
女「…」
少し、唾を飲む。
女(お、…おいしそう…)
リンはてきぱきと4匹の魚を火にかける。
女「…」
私の恨めしそうな視線を、飄々とかわす。
一時間も経たないうちに、ご飯と焼き魚はできあがった。
日は沈み、穏やかな川のせせらぎと虫の音があたりに響く。
リン「ほら」
リンが茶碗にご飯をよそってくれた。
女「ありがと」
受け取ったが、少し悲しくなった。

女「…すごい。おこげできてる」
リン「上手くできた」
女「じゃ、いただきまーす」
お箸を手に取り、白いご飯を口に運ぼうとした瞬間。
リン「…ん」
横から、何かが差し出された。
女「え」
リン「食え」
香ばしく焼きあがった魚が、こちらに向けられている。
女「え、で、でも。リンがとったやつでしょ」
リン「4匹も食えるか。こどうせこんなことだろうと思って、多めに釣ってたんだよ」
女「…そ、そうなの?」
リン「いらないんなら」
女「いるっ。いりますっ」
頭を下げながら、魚を受け取る。
女「ありがとう、リン!リン様!」
リン「…調子の良い。ま、今度からもう少し辛抱強く待つことだな」
リンが私のほうを見ないようにしているのが、分かった。
…頬が赤いのは、焚き火の光が映っているからか。
リン「いただきます」
女「いただきまーす」
二人同時に、魚にかぶりついた。
ほのかな塩味と、柔らかい身が口いっぱいに広がった。
女「~~~っ」
リン「美味いな」
女「…ふぃんへぃへ」
リン「飲み込んでから言え。行儀が悪い」
女「…んぐ。人生で、一番美味しい魚かも」
リン「言いすぎだろ」
女「本当!すっごく美味しい」
リン「大げさすぎる」
リンの白い歯が、綺麗に身を削いでいく。
私も一生懸命、魚にかぶりついた。
二人無言で、頬張る。
生きてるな。 ふと思った。
女「ねえねえ」
リン「ん?」
女「何か今、すっごく幸せかも」
リン「単純だな。魚ごときで」
そうじゃないんだ。
目の前に温かい火があって、空には宝石のようにちりばめられた星があって、
美味しいご飯があって、川のせせらぎが聞こえて、
リン「…何だよ?」
女「ん、何もー」
こんなにすぐ傍に、彼がいる。
商店街で暮らしていたときは、何だって一人だった。
ご飯を美味しいと、思うことすらなかった。
女「リン」
リン「ん」
焚き火をぼんやりと眺めていたリンが、珍しくこちらに顔を向けた。
女「ありがと」
リン「お前な、そんなに魚ごときで恩を感じなくても」
女「そうじゃない。あのね、私を連れ出してくれてありがとう」
リン「…」
リンが視線をそらした。
眩しい物を見た、というように、片手で目を覆う。
女「本当に、今、生きてるって思える。全部リンのおかげだよ」
リン「…あ、っそ」
女「ありがとう、リン。本当に感謝してる」
リン「…」
ついにリンがそっぽを向いた。
女「私、リンと旅するの、楽しいよ」
リン「分かった、分かったから」
リンの指が、意味も無く砂を掘っている。
もう止めておこうかな。言いたいこと、言えたし。
女「…洗い物してくるね」
私は食器と飯ごうを手にし、立ち上がった。
ついでに久々に水だって浴びたいので、着替えの袋も持つ。
リン「…ん」
女「リンは車に戻ってていいから」
リン「…」
あれ。前に行けない。
女「…リン?」
視線を下に向けると、私のシャツの袖を白い指が捕まえていた。
リン「…」
リンの唇が、震える。
声は、無い。
女「ど、どうかした?」
リン「…」
リンが黙って、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
リン「これ」
再び見えた彼の手は、何かを握り締めていた。
女「え?」
リン「…」
無言で、拳を突き出す。
恐る恐る手を出すと、手のひらの上に柔らかなものが降ってきた。
リン「やる」
口の中で呟くように、リンが言った。そしてすぐそっぽを向いた。
女「…ミサンガ?」
ピンクと黄色の、ふわりとした色合いのブレスレッドが、手の中にあった。
リン「…」
リンが無言で頷く。
女「これ、リンが?」
リン「…」
また頷く。
リン「…簪。選んでもらったから。おかえし」
女「…何時の間に作ったの?」
リン「今日の昼」
何時にもましてぶっきらぼうな口調のリンが、ポケット両手を突っ込んだ。
女「ありがとう。可愛い」
嬉しかった。
人から贈り物を貰うって、こんなに嬉しいことだったんだ。
リン「…行け」
しっしっと、犬を払うように手を振るリン。
私はその眉間に皺を寄せ、心持ち赤くなった顔に、微笑みかけた。
リン「…行けって」
リンの手の動きが、激しくなった。
川で体を洗い、丁寧に拭いたあと、ミサンガをつけた。
腕に巻き、固く結ぶ。
ミサンガが切れるとき、願いが叶うという。
女「…」
願い。
このミサンガが、リンからの小さな贈り物が、
女(…どうか切れませんように)
一生私の手首にあれば、どんなに良いか。
車に戻ると、リンはさっさと毛布に包まって背を向けていた。
女「…リン、つけてみた」
その背中に声をかけると、ぴくりと動いた。
女「どう、見て。似合う?」
リン「…」
もそもそと、こっちに顔を向ける。
女「ほら。似合う?」
手首を顔に近づけると、リンはちらりとミサンガを見て
リン「…普通」
そう言って、目を閉じた。
女「なんじゃそりゃ」
私は少し笑って、自分の毛布を引き寄せた。
軽く体にかけて、横になる。
リン「…」
女「おやすみ、リン」
リン「…おやすみ」
リンは背を向けなかった。
私は、彼と向き合った姿勢のまま目を閉じた。
静かなリンの呼吸が、子守唄のように心地よ、く耳の中に響いていた。
今日はここまでです。
次の投稿は、「海とレストラン」編始まります!
乙!待ってるよ!
面白い!
次回も期待
乙!
来たと思ったら終わってた
乙でした
まったりとした流れからして次はちょっとハードなのかな?
魚はいるんだな
これがどう絡んでくるのか楽しみ
期待してる
ハローハロー。早く続きをどうぞ
支援
支援
ハローハロー。
海とレストラン編、はじまりです。
女「…ふんふーん」
リンの運転する車は、ゆったりとした速度で山道を下っていく。
曲がりくねった道に気分が悪くなることもない、優しい運転だ。
リン「やけに機嫌が良いんだな」
女「え?」
リン「鼻歌歌ってる」
女「うそ。気づかなかった」
リン「…これか?」
リンがサイドポケットに入れてあるCDを一枚取り出し、私に手渡す。
女「…ん?これって、今流してるやつ?」
そう。
外国人男性の、低く荒い声。
その力強い歌声が、時々リンのきまぐれで車内に流れるのだ。
女「スタンド、…バイミー?」
古いジャケット写真を見て、遠い昔の知識を頼りに英語を読む。
リン「そ。ベン・E・キング。…知らない?」
女「ええと…知らない」
リン「だろうな。大分昔の歌手だし…。同名の映画なんかもあったんだぞ」
女「へー?」
リン「どうせお前なんか、アイドルとかふにゃけたバンドの歌しか聞かなかったんだろ」
女「ま、まあ。だって皆聞いてたし」

女「ふーん…。英語の歌なんだ」
リン「ああ」
女「…」
ふと、思い出す。
あの、夜のことだ。私が彼を見つけた日。
どこからか美しく這い寄ってきた歌声は、この曲調に似ていた。
…英語ではなく、日本語だったけど。
女「リン」
リン「なに」
女「リンって、…歌うまいよね?」
リンが物凄い勢いでこちらを向いた。車体が少し揺れる。
リン「…何で知ってる」
女「え?」
リン「お、お前の前で歌ったことなんて無い」
女「初めてリンとあった日とか、…あと、私が寝てるときとか、歌ってたよ?」
リンの顔色が絶望の青白さへと変わった。
ハローハロー。
待ってました!
リン「…歌ってない」
うそつけ。
女「歌ってたよー。これの日本語版みたいなやつ」
リン「気のせいだ」
女「すっごく綺麗な歌声だったよ。声の低い女の子みたいな、滑らかで澄んでて…」
リン「黙れ」
女「歌ってよ、リン。私、リンの歌好きだよ」
リン「黙れって!」
女「えー」
リン「気のせいだって言ってるだろ!勘弁してくれ」
そうかなあ、と口の中で呟いてシートに身を沈める。
リンはこれ以上話題を広げないためか、車内のオーディオを切ってしまった。
女「…」
静かな走行音だけが、響く。
私は腕につけたミサンガの、糸が細やかに交差した線、暖かな色合いを観察した。
やがて。
リン「…おい」
寝ていると思ったのだろうか。リンがためらいがちに声をかけてきた。
女「うんー?」
実際、うとうとしかけていた私は頭を上げた。
リン「ほら、外。見てみろ」
リンが窓の外を指で示す。 身を起こして、その方向を見ると。
女「…うわー!!」
目の前には、美しい水と、白亜の砂粒が広がっていた。
「ようこそ の浜へ」
錆びてかしいだ看板が立っている。
リン「…潮の匂いだな」
女「うんっ」
私達は車を海岸の駐車場に停め、海の湿った空気を吸い込んだ。
女「ねえ、海に行って何するの」
返事は無い。リンは相変わらず地図と手帳の両方とにらめっこしている。
リン「…目ぼしい施設を探してから、計画を立てる」
女「…」
目の前には、こんなに綺麗な砂浜と海があるのに。
女「ん、」
そっとドアを開ける。
むせ返るくらいに濃い、潮の香りが鼻腔になだれこんでくる。
女「…」ウズ
海が、私を呼んでいるのだ!
女「先に行くね!」
そういい捨てると、私はサンダルを脱いで走り出した。
ふかふかのパンケーキみたいな感触と色を持つ砂を踏みしめ、走る。
海だ、海だ、海だ!!
女「うみーーっ!!」
遠い水平線に叫び、私は波打ち際へと足を踏み入れた。
川とはまた違った質感の水が、私の足を濡らして、引いて、濡らして、引いて。
女「リーン!海だよーっ!」
リン「…子どもかーっ」
階段の上からリンの呆れ半分、笑い半分といった声が聞こえた。
女「リンも、おいでよーっ」
リン「はいはい」
リンがリュックを片手に階段を下りてきた。
鋼鉄を思わせる顔にも、なんだか無邪気さが浮かんでる気がする。
海だ。海は凄い。
「生命の母」…そう聞いたことがある。
その滑らかな波の前では、全ての生物は子どもへと還るのだ。
リン「クラゲとかいるんじゃないか」
女「いないよー?」
リン「…冷たいか?」
女「いいから、リンも入ってみなって」
リン「…」
リンがブーツの紐を解き、裸足になった。
少女のような曲線を持つ爪先を、ちょん、と水面にひたす。
リン「…海だな」
女「海だねぇ」
リン「…」
リンが腰をかがめ、水に触れた。
リン「…女ー」
女「ん?」
バシャッ。
女「」
いま、なにが。
顔がつめたい。そして服が湿ってる。
リン「…ぷっ。あはは、…グズだな」

女「…」
リン「凄い顔、してる。…あははっ。マヌケすぎる」
女「こらぁあああああああ!!」
私は全力で水を掬うと、目の前のクソガキに浴びせた。
リン「はいはずれ」
リンは軽いステップで避ける。
女「馬鹿!避けるな!」
リン「だって遅いし」
女「きいいいいいい!!」
ばしゃばしゃと、だだっ広い海に二人の子どもの影が躍る。
母なる海が、そっと微笑した。
女「…はぁ、はぁ、…」
リン「運動不足だな」
女「なん、で…。息一つ切れてないのよ」
結局私は、リンにしぶき一つかけられなかった。
寧ろ逆襲で履いていたスキニージーンズがびしょぬれになってしまった。
女「くそー…」
リン「楽しいな、海」
女「どこが!」
待ってましたよ~
女「水着持って来ればよかったなー」
リン「そうだな」
二人で砂浜に並んで、海を見つめる。
お昼というにもまだ早く、お腹はそこまで空いていない。
ただただ、静かに砕ける波を見る。
リン「…なんか、休んでばっかだな。俺たち」
女「いいじゃん、色々大変だったし」
リン「ん」
女「…きもちいいねー」
穏やかな時間だった。 リンも少し眠たげな、リラックスした目をしていて。
いつもの少し事務的な様子が消え去ったようで、嬉しい。
女「…」
砂浜の上に、立ってみた。
中学校でやったダンスの授業を思い出す。
創作ダンスの振り付けのイメージを、先生がテレビで見せてくれたことがあるのだ。
白いワンピースを着た少女が、砂浜の上を、何かを求めるように踊って。
女「…」
踊って。
女「…あー」
気づけば、私は手足を繰りながら歌っていた。
異国の歌だった。
北欧かどこかの、甘く切ない声を持つ女性シンガーの。
歌詞カードを見ても、外国語の発音は分からなくて。
でも、この胸を満たして全てを攫っていくような旋律を、口に出したくてしょうがなくて。
一生懸命、インターネットで調べて、発音と日本語訳を覚えたのだ。
女「…」
喉を開けて、胸をそらして。
歌った。
リン「…」
リンが静かに体を揺らした。
女「…」
回って、歌って、また回る。
そうして、舞台女優がするみたいに綺麗なお辞儀をした後、私は最後の音をそっと生み出した。
リン「…上手いじゃん」
女「そうかな」
少し照れくさい。
リン「誰の歌?英語とは少し違うようだけど」
女「えーと、…忘れちゃった」
リン「なんだそれ」
女「でも、これ凄く好きな歌だった。今じゃタイトルすら思い出せないけど」
リン「何ていってるの、それ」
女「ええ、と」
眉間をもんで、記憶を呼び起こす。
女「…これねえ、自殺する女性の歌なんだ」
リン「はあ?」
女「一番目は彼女の遺書の内容。二番目は、海に入ったときの歌」
リン「それにしては綺麗なメロディだったな」
女「だって、彼女は怖がってなかったから」
リン「…どういうこと?」
女「全てを受け入れたから」
ざあ、と潮を含んだ風がリンの髪を揺らした。
彼の耳の横に見える牡丹が、頷くように動く。
リン「受け入れる、ね」
女「そう。自分は海から生まれたから、海に帰るのよ。ママの腕の中で、少女のように眠るのよ。…」
そういって、歌は終わる。
美しいピアノの音すら掻き消えたあと、ざあ、と波の音がするのだ。
リン「ふーん」
女「すごいよね、海って」
リン「ああ」
女「…」
リンにも、歌って欲しかった。
女「スタンド、…バイミー?」
リン「やだ」
女「なんでよー。歌ってってば」
リン「断る」
女「けち!」
それでも、私はきづいていた。
私の歌を聴く彼の表情や、リズムをとる指の動き。
女「歌って、リン」
リン「…」
彼だって、この偉大な、たくさんの命を湛える海に捧げたいのだ。
女「…ねえ」
リン「…」
リンが大きく息を吸い込んだ。
空気が、ぴんと張った気がした。
彼の声が潮風を穿った瞬間、私は目を閉じた。
来てたー!
超支援
夜が訪れ
あたりが闇に支配される時
月明かりしか見えなくたって
恐れることなんてないさ
怖がる必要なんてどこにもない
ただ君が暗闇の中ずっと
僕の傍にいてくれたら
So, darling darling
Stand by me
Oh stand by me
Oh stand
Stand by me
Stand by me
リンの声は、綺麗だった。
少女の滑らかさと透明さ
そして少年の力強さを兼ね備えた、そんな声だった。
…私は彼の、海の一点をじっと見つめる横顔も、美しいと思った。
リン「…」
リンが最後の「スタンド・バイミー」を終えた。
長い長い息をつき、髪をかきあげる。
女「…リンっ」
私は少し恥ずかしそうに顔を伏せたリンのところへ、駆け寄った。
上手だった。なんだか、泣きそうになっちゃった。
女「やっぱ、うま…」
「ブラボォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ん?
リン「…誰だ」
「んもう、二人ともすんごい!すんっっごいわよおおおお!」
女「…」
後ろから、少し荒いがさついた高音が聞こえる。
リンが、腰に手をやりながらすばやく振り向いた。
「もう私感動しちゃった!やばいわよ!マスカラ溶けちゃうっ!」
リン「…あ?」
庇うように差し出されたリンの手を下げ、私も後ろを向く。
女「…あっ」
そこには。
黒いワンピース。白いカーディガン。
海風をはらみ、はたはたと翻っている。
そして、ブラボー、ブラボーという絶叫に合わせて何度も打たれる手のひら。
赤いネイルが、やけに眼に染みる。
…視線を上げる。
「あんたたち、将来が楽しみ!楽しみすぎるわっ」
女「リ、リン」
私は思わずリンの背中に隠れた。
女「…あ、あ、あの人」
透けていた。
コマリのように、白く煙のようにゆらゆらと。
リン「…大丈夫だ」
リンが私の手を握った。
女「…そ、それにさ」
そう。いや、まあ、煙であることに驚いたのではない。初めて見たわけじゃないし。
女「あの、人。…さあ」
あの人、いや、彼女。
…首に巻いた、赤いスカーフ。筋の浮いた、首。
「いやあー久々にいいもん聞いたわ!」
そうベラベラとつむぐ口には、ピンクの口紅が引いてある。
顔全体に施された、丁寧で上手な化粧、なん、だけど…。
「あら、なぁにその顔」
女「…お、」
リン「男か」
そう。 彼、だ。
待ってました!
遠巻きでも分かるほど、白く透ける不審者の体は、ゴツかった。
足首なんか、ヒールのストラップがはちきれそうに逞しい。
あの肩幅なんて、ふんわりしたワンピースでも隠せないほどだ。
女「…」
はじめてみる種類の人間に唖然としていると、リンが前へ進み出た。
リン「…俺は、リン。こいは女。二人で生き残りを探す旅をしてる」
「あら、ご丁寧に。しっかりしてるのねえ、ぼうや」
リンの眉間に一瞬皺が寄った。
「私の名前は、ミキ。うふふ、そんなに引かないで。見ての通り男だけど」
女「…あ、あのっ」
ミキ、と言う風貌に沿った女性的な名前の彼に、声をかける。
ミキ「あら、なに。お嬢さん」
女「…生きて、ますか」
単刀直入な私の問いに、ミキがくすりと笑った。
ミキ「…いいえ。死んでるわ」
リン「…残念だ」
ミキ「あなたたちは?」
女「生きてます」
ミキ「そお。それは良かったわね。元気ー?」
彼はやけにフランクだ。私は思わず、オネエタレント、と呼ばれた人々のことを思い出していた。
リン「来い。危険はなさそうだ。様子はおかしいが」
リンがようやく腰から手を下ろし、私の手を引いた。
女「う、うん」
引っ張られて、ミキに近づく。
ミキは女優のように足を組み、何も無い宙に浮いていた。
ミキ「んふ、近くで見ると可愛い顔してるのね。二人とも」
リン「やめてくれ」
ミキ「あーら、いいじゃないのよお。リン、…って呼んでもいい?あなた、ドラマに出てた若手俳優に似てるわ」
彼が上げた俳優の名前にリンはぴんとこなかったらしいが、私はああ!と口を押さえた。確かに似てる。
ミキ「さて、お二人はどうしてここに来たのー?」
リン「…山の上の遊園地、分かるか」
ミキ「ああ、結構近くよね。知ってる」
リン「そこのお前と同じ種類の人間から、ここに生き残りが来たという情報をもらった」
ミキ「ええ、ミストが!?」
ミキが目を剥き、頓狂な声をあげた。
女「ミス、ト?」
ミキ「ええ。私みたいに、くたばったのにこうやってフワフワしてる連中を、ミストって呼ぶの」
リン「へえ」
リンの目が、「こいつ使える」というように輝いた。
ミキ「生き残り、生き残りねえ」
ミキがうむ、と腕を組む。
リン「分からないか?」
ミキ「勿論知ってるわ。ダチだもん」
女「え、っ」
女「やっぱり、生きてる人がここに来たの!?」
しかもダチって。
ミキ「うん、来たわよー」
リン「…いつだ」
ミキ「それよりさあ、今世界どうなってるの?私全然知らないんだけどー」
魚のように宙を泳ぎながら、ミキが言う。
リンが髪をかき混ぜ、イラついたように質問を重ねた。
リン「男が来たんだろ。ダチっていうなら、名前も、顔も、分かるだろ。教えてくれ。そいつは、どこに」
ミキ「ねえ、女ー。リンとはどういう関係なの?」
女「あ、あの。えっと」
リン「聞け!!」
ミキがきゃはは、と笑って飛びのいた。
ミキ「カッカしないの、リン。せっかちな男って、いやよ」
リン「だから…」
ミキ「そんなことより、私についていらっしゃいよ。久々のお客さんだし」
女「…どこに?」
ミキがにんまりと、大きな口を裂くようにして笑った。
ミキ「…私の、お店!」
そういって、怖い顔をするリンを避けて私の背中を押す。
つんのめるようにして歩き出した私の後を、リンが思いつめたような溜息と共に追った。
今日はここまでにしておきます
乙でした!
乙
次も楽しみにしてるぞー
おつ
無理せず頑張ってくれー
応援してる!
アロウ アロウ アサオキタラメチャクチャサブイシ
なかなか面白いぞ~
これは面白い
掘り出し物の
乙
ハローハロー。続き待ってます。
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