女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【2】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【3】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【4】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【5】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【6】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【7】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【8】
ID変わってますが1です
お待たせしました!
本物キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!?
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…それからというもの。
私達はミキの要望にこたえるため、せっせと働いた。
私は終日窓辺でミキのドレスを縫い、疲れたらミキとお茶なんか飲みながらおしゃべりした。
ミキの話は相変わらず面白く、視点が鋭くて。
ちょっとだけ、色気のある話なんかもした。
ミキが口元を少し曲げて私に「女は彼氏なんかいたことあるのお?」
と聞くたび、私は、なんとなく
いや
なんでもない。
リンは相変わらず朝方にふらりと外に出て行っては、昼に戻り、少し休んでまたどこかへ行った。
たまに、ミキと二人で額を寄せ合わせてこしょこしょと話をしていたりする。
仲間はずれ。とまではいかないけど、まだ少し気になる。
でもきっと、リンは私がしつこく言及したら、また微妙な表情をするのだろう。
そういえば、私達二人は結局また同じ部屋で寝ている。
遠いようで、近いようで、…やっぱり遠い。そんな少年と一緒に、私は眠るのだ。
…
まあ、そんなこんなでミキの所に身を寄せてから5日が経とうとしていた。
リン「裁縫得意って言ってたよな?」
女「うん」
リン「…半日で終わるとかなんとか、息巻いていたな」
女「まあ、そこは舐めてたかな」
リン「まだかかるのか」
女「うーん、もうちょっとだけ」
リン「…」
女「…」
リン「サボってあのゲイとお喋りばっかりしてるんだろ」
ぎく。
女「し、…てないよ?いや、少しはしてる。針仕事って疲れるし」
リン「…」
女「ちゃんとやってるってば!!」
女「そういうリンだってさ、いつになったら自分の役は終わるの?」
リンはきょとんとして顔をかいた。
リン「まあ、お前次第だな。実はもうあと一手で終わるところまできてる」
女「…なにやってるの?」
リン「だから、秘密」
リン「俺の仕事はゲイがステージに立つ直前に終わるから」
女「ふうん」
本当に一体、こいつは何をやっているのだろうか?
リン「で、俺はいつでも終われるんだけど。お前は?」
女「多分、今日までには」
実はドレスの損傷は、そんなに激しいわけではなかった。
丁寧に修繕のあとが見えないように縫っても、2日で終わる仕事だった。
けど、わざとゆっくりゆっくりやった。
できるだけ、仕事が長引いているように見せかけた。
…幸い、誰にもバレてはいないけど。
リン「今日、か」
女「うん」
リン「じゃあ、舞台の準備もやったほうがいいな」
女「そうだね。ミキにも手伝ってもらおうか」
リン「当たり前だ。大体自分のやるステージなんだし」
ミキ「あら、何か言った?クソ坊主」
リン「…チッ。いるならそう言え、くたばり損ない」
何日か経って、ミキとリンは大分仲良くなったと思う。
いや、冗談だ。
ミキ「え、もう終わりそうなの!?」
女「うん。あとは袖のパールを一個縫って、それで終わりなんだ」
ミキ「リンも?」
リン「ああ」
ミキ「じゃあ、じゃあ今日できるのね!」
ミキはおもちゃを与えられた少年のように目を輝かせた。
きゃっほー、と空中で何度も宙返りをする。
ミキ「じゃあ、私はステージの準備しなきゃ。お化粧道具も出さなきゃ!」
リンが隣で、小さく呻いた。
ミキ「うふふー。早く歌いたいなー」
女「…」
一つだけ、気になっていることがある。
ミキは歌が歌えない、と言っていた。
…いまさらこんなことで、歌えるようになるのだろうか?
ミキ「あー楽しみー」
…歌えなかったとしたら、私達はどうすべきなのか?
女「…」
最後の一針を丁寧に仕上げ、鋏で糸を断つ。
女「…できた」
ちょっとだけ、顔がにやけた。
リン「終わったのか」
女「あ、リン。今終わったよ」
リン「こんな所で作業してたのか。ミキの居る所でやればいいのに」
女「だって、ミキに見られたら楽しみなくなるじゃん」
リン「そういうもんか?…よく分からん」
女「ミキは?」
リン「ああ、舞台の準備とやらで大暴れだ。入るなってよ」
女「ええ…。マジで」
リン「夕方になるまで外で時間潰せだとさ。食事は貰ったから、適当に過ごすぞ」
女「横暴だなーミキ」
リン「自分でやりたいんだろ」
ミキが作ってくれたサンドイッチを、海辺で頬張る。
潮風とスクランブルエッグのバターの香りが、鼻を抜けていった。
女「…ねー」
リン「ん」
女「私達、ちょっと休みすぎたね」
リン「そうだな」
リンが不本意そうに眉にシワを寄せた。本当はもっと早く、目的を達成したかったのかもしれない。
女「…」
特に何の感動もなく、ゴムでも食べているような顔でパンをかじるリン。
女「ねえ」
リン「…なんだよ」
女「ミキが歌えなかったら、どうする?」
リン「…」
リンの咀嚼が止まった。隆起した喉仏が動き、食事をゆっくり飲み下す。
リン「あいつが歌えなくて、俺らに情報を引き渡さなかったら、ってことか」
女「うん」
リン「…」
珍しく、目を泳がせ何事か考えている。
リン「お前はどう思う?」
女「え、私?」
リン「ああ」
女「うー、ん」
どうだろう。

女「ミキが歌えなかったとしたら、また別に手段を考えないといけないよね」
リン「ああ」
女「それまでここで暮らす、ってのもいいんじゃない?」
私は微笑んで、足元の砂を触った。
女「ミキのところにいるの、楽しいじゃん。私は、ここが好きだよ」
リン「…」
リンは私の、ミサンガをはめた手首を見つめていた。
リン「ここにいたいか」
そう聞く声は、低く掠れていた。
女「…リンは?」
リン「俺は、ここにいたいとか、いたくないとか、…そういう考えは無い」
リン「ただ、俺は行かなきゃいけない。だからここには長く居るつもりは無い」
女「そっか」
そういうと思った。
リン「…ミキが歌えなかったら」
リンの手が、私のほうに伸びてきた。
反射的に退こうとしたが、彼は私の手ではなく砂を触っただけだった。
リン「…俺は、怒ると思う」
女「だろうね」
リン「俺はもう、ここにいるのは明日までって決めてる」
女「…そうなの?」
リン「ああ。夜、あいつが歌っても歌わなくても、俺は明日出る」
リン「…情報も、無理矢理でも奪う。何をしても。…絶対、もうここにはいない」
リンの指先が摘んだ砂は、風にさらわれて灰のように飛散した。
海の向こうに、日が沈んでいった。
リンがおもむろに立ち上がり、店を覗き込む。
ミキ「ああ、準備はほぼできてんの。でも入らないで。裏口から、入って。店には入らないで」
リン「はいはい。俺はどうずればいい」
ミキ「最後に、お願いしていい?」
リン「…」
リンが頷き、くるりと私のほうを向いた。
女「どう?」
リン「スタッフルームになら入っていいそうだ。あいつの準備とか、手伝ってやってくれ」
女「了解。リン、は?」
リン「俺は最後にもう一仕事ある」
女「ふーん。…えっと、頑張ってね」
リン「ああ」
ふいに、リンが目を細めた。
私の耳に口を寄せ、消え入りそうな声で囁いた。
リン「…お前、ミキと一緒にいたいか」
女「え、」
リンの体が離れる。 潮風で乱れた髪が顔にかかり、表情は見えない。
リン「どのみち俺は明日行くけど、…お前がミキといたいんなら、ここにいればいい」
女「え、ちょ」
リン「どう思う」
女「…」
どう思う、って。
女「…わたし、は」
リンが俯き加減に、こちらを見ているのが分かる。
私の答えは、それほど考えた訳でもない。悩んだ訳でもない。シンプルだ。
女「リンと行くよ」
リン「…」
風がやんで、リンの白い顔があらわになった。
口を引き結んで、何かに耐えるように私を見ている。
女「リンが私を邪魔だって思うなら、ここにいてもいいけど」
女「でも、…そうじゃないんなら、リンと一緒に行くよ」
リン「…」
リンが少しだけ、口を開く。
リン「あっそ」
女「うん」
リン「じゃあ、行く」
すたすたと浜辺を歩いていくその姿勢は、いつもより少し弾んでいるように見えた。
見えただけだが。
ミキ「す…っごく綺麗!!!」
ドレスを目の前にしたミキは赤い口が裂けそうなほどの声量で叫んだ。
ミキ「買ったときより綺麗になってる!すごいわ女っ。プロみたい!」
女「い、いやそんな」
ミキ「あんた絶対才能あるわよ!何か光すら感じるもんっ」
女「あはは…」
大げさにはしゃぎまわった後、ミキはドレスを手にとって
ミキ「それじゃあ、着替えてくるわねっ。ありがとっ」
女「うん」
はしゃいだミキがまた柔らかい布を破りませんように。
しばらくして、ミキが洗面台の置くから現れた。
ミキ「いやー、入らないかと思ったけど案外イケたわ」
女「…おお!」
前にテレビで見たことがある。タイかどこかで開催された、ニューハーフのコンテスト…
それを思い出して、私は少しにやりとした。
ミキ「似合う?」
女「うん」
興奮したミキの目には、忍び笑いをする私の顔は目に入らないようだった。
丁寧に化粧をし、「これめちゃくちゃ高いのよ」…そういっていた、口紅を塗る。
ミキの形の良い唇の上で、その色は華やかに光っていた。
女「本当に女の子みたいに見えるよ」
ミキ「…うん?まあ、ありがと」
ミキはうきうきとピアスをつけ、ヒールまで念入りに選ぶ。
女「…」
ミキ「どお?」
女「うん、いいんじゃない?色にあってる」
ミキ「でもね、実はネックレスだけが無いの。…どっかになくしちゃったのかな」
女「そうなんだあ」
私は白々しく返事をした。
ミキの倒れたジュエリーボックスの中身に、絡まって使えそうも無いネックレスがあったことは知っている。
それを見て、ミキが悲しそうに頬をゆがめたことも。
ミキ「まあネックレスが絶対必要ってわけではないけど」
女「…こほん」
ミキ「ん?」
女「その、手出して」
ミキ「え、なになにー」
女「いいからっ」
私は心持ち赤くほてった顔で、ミキの手に「それ」を強引に握らせた。
ちゃり、と音がして、ミキの分厚い手のひらの上でそれが転がる。
ミキ「…女、これ」
女「ええと、…不恰好だけど」
私がノロノロと作業を引き延ばしていた理由が、これだ。
ミキ「…すっごく、可愛い!」
海で拾った貝殻と、波で洗われた美しいガラスを繋げたネックレス。
お母さんの趣味の手芸を手伝っているうち、こういうちょっと特殊な技まで身につけていたのだ。
ミキ「え、え、これ買った!?…ってか、どこからか取ってきたの?」
女「ううん、手作り」
ミキ「どぅええええええええええええ!!?」
ミキの絶叫に思わず耳を塞いだ。にやにや笑いが止まらない。
ミキ「え、これ、え!?女が!?嘘ぉ!?」
女「ほんとだよー。海辺でハートの形した貝殻拾って、ガラスと一緒に繋げたの」
ミキ「すんげえええええええええええ!職人じゃないもう!」
女「ど、道具さえあったら誰でも作れるよ」
ミキ「にしてもよ!?何この非凡なデザイン!あんた大人になったら絶対ファッション業界入ったほうがいいわ!」
女「いやもう、無理だけどね…」
照れくさくて、私は何度も頬を掻いた。
ミキ「つけるつける!いやー、嬉しいっ。ありがとう女っ」
私の肩を激しく揺さぶってまくしたてるミキ。
興奮さめやらぬ様子で、細い鎖を首元に回した。
女「どう?」
ミキ「…」
姿見に自分の首元を映し、ミキはしばらく沈黙した。
女「…えっと、ごめん、その。…下手くそで」
ミキ「……女」
女「ん」
ミキ「わ、…私…。こんな、こんな嬉しいこと…」
ぐすっ、とミキが鼻を鳴らした。
女「ちょ、化粧取れるから泣かないで!!」
ミキ「だってえええ女が小粋なことするからあああ」
女「我慢してってば!」
ミキ「わがってるよおおおお」
女「…っ、すっごいかお…」
もう、笑いすぎてお腹が痛い。
必死に涙を零すまいと踏ん張るミキの横で、私は心から笑うことができた。
胸の中が、じわりと温かくて、甘い。
月が出た。
満月なのだと、たった今気づいた。
リンはまだ戻ってこない。
女「…遅いね?」
ミキ「うーん、もうそろそろよ。きっと」
女「何かトラブルがあったんじゃ…」
ミキ「心配性ねー。だいじょぶよ」
女「う、ん」
ミキ「それより、女はもう席につきなさいよ。ねっ」
女「え、いいの?」
ミキ「うん。先に準備して待ってましょう」
ミキに手を引かれるまま、私はレストランに入った。
店内は薄く間接照明がともされ、甘い香りのキャンドルがたかれている。
なんだか「オトナ」な雰囲気に少したじろいだ。
ミキ「さ、ここよ」
ステージの前にはしっかり席が作られていた。
海をバックにした舞台がきちんと見えるよう、小さな白いイスとテーブルが置かれている。
女「…ここに私とリンが座るの?」
ミキ「そ」
女「3脚あるよ?いす…」
くす、とミキが肩を竦めて意味深に笑った。
ミキ「いいのよ」
そういうミキの目に、一瞬不安の色がよぎったような気がした。
女「何を歌うの?」
ミキ「ひみつー」
女「ケチ」
ミキ「うっさいわね」
がたん。
後ろで音がした。次いで、店のスズがちりちりと音を立てる。
女「リンだ」
ミキ「…」
ミキは音もなく立ち上がると、ステージの奥まで飛んでいく。
女「ミキ?」
ミキ「女、迎えにいってきて。私は、…」
長い睫毛が伏せられ、目に陰をつくる。
ミキ「私は、歌い手だから。ここに立ってお客さんを待ってないと、だめでしょ?」
女「あ、それもそうだね」
私は立ち上がり、店のドアに向かう。
女「リン。遅かった、…」
リン「ん」
リンが軽く片手を上げる。
女「リ、リン?」
私は、目を見開いて彼の後ろを見つめた。
リン「…」
女「…なに、それ」
リンの後ろはぼんやりと「青く」光っていた。
リンはきっと気づいていない。
そう一瞬で判断し、私は身を乗り出してそれに触れようとした。
リン「おい落ち着け」
しかしリンのしっかりした胸板に阻まれた。
女「だ、だって!後ろにクリアが!!」
リンの後ろに漂う軟体を指差して喚くと、リンがうるさそうに溜息をついた。
リン「気にするな。害は無い」
女「ないわけないでしょ!?」
リン「ないんだ。俺はこいつに何度も接触してるけど、何もしてこない。そういう奴なんだ」
女「え、え?」
まさかリンの言う仕事って
リン「これを連れて来いって、ミキに頼まれたんだよ」
女「う、…うそ」
リン「本当。俺も最初は意味不明だったが。…いや、今もだけど」
ふわふわ。
青い球形の物体は、3歩ほど後ろからこちらを伺うように漂っている。
女「…ミキが、これを?」
リン「俺は何も聞いてないぞ。とにかく店の裏山に居るこいつを連れて来いって言われただけだ」
待ってましたよ~
女「入れていいのかな」
リン「いいだろ。ほら、どいて」
女「…」
リン「触るなよ。お前が触ったら破裂すんだから」
女「う、うん」
私は極力身を引いて、リンとクリアを通してあげた。
リンの腰辺りをふわふわと浮いて滑るそれは、確かに水音がした。
女「…えっと、ステージ前のイスに座れって、ミキが」
リン「ん」
女「クリアも座らせる、の?」
リン「さあ?」
リンが振り返って球形のクリアを見る。
しかしクリアは、ステージから10歩ほど離れた所で急に動きを止めた。
女「…来ないよ?」
リン「妙だな」
リンが近づき、誘導するようにゆっくりステージへ歩く。
けど、全く動かない。
女「…ええと?」
リン「なんだこいつ」
体内の水の揺れすら止め、じ、と佇む姿は
まるで「もうこれ以上行きたくない」と拒否しているようにも見えた。
女「どうしちゃったのかな」
リン「知ら…」
「お待たせいたしました、皆様」
ふいに、凛として澄んだ声が、店に響き渡った。
女「…ミキ?」
舞台袖の奥に目を凝らそうとしたが、暗くてよく見えない。
「今夜はmarineにご来店いただき、誠にありがとうございます」
「さて、今からmarine自慢の歌のショーが始まります」
リン「…」
「まだお席についていらっしゃらない方は、どうぞお座りください」
「なお、この時間帯のオーダーは一旦ストップさせていただきます。ご了承ください」
女「ねえ、リン」
リン「座ろう。座れって言ってんだし」
女「…うん」
私達は小さなイスに腰掛けた。クリアは相変わらず、ステージから遠い場所で浮いている。
「それでは、始めます」
舞台袖から、こつん、と固いヒールの音がした。
レトロな薄暗い照明に囲まれ、美しい衣装を纏ったミキが現れた。
その顔は微かに上気し、どこか遠い昔を見つめているように思える。
女「…」
私は胸の前でぱち、と手を叩いた。
釣られるようにリンも高い音で手を叩く。
ぱちぱちぱちぱち。
二人分の、小さいけど確かな拍手が店に満ちた。
ミキ「…」
ミキが微笑み、深くお辞儀をした。
そっと顔を上げ、私とリンを優しい目で見つめる。
…そして、視線をずらして、クリアを見た。
ミキ「…」
ミキの唇が微かに開き、
ミキ「…」
しかし何も言わず、閉じた。
ミキはマイクに手をかけた。
しん、とした冷たく神聖なかんじさえする空気が、一瞬震えて。
ミキ「…」
ミキの喉仏が、動く。
何時の間に設定したのだろう。
黒いスピーカーから重厚にうねるジャズ調の伴奏が流れ出した。
ミキが体を傾け、色っぽくマイクに口を寄せる。
そして。
ミキは、歌った。
美しい歌声だった。
はっと息を呑まずにはいられないような、口元を押さえずにはいられないような、美しい声だった。
ミキの低く、柔らかく、威厳に満ちた声が鼓膜を震わせ、体中に染みていく。
女「…」
リン「…」
ミキの口から流れ出す音楽を、私達は何も言えずただ聞きほれた。
長い時間が経ったように感じた。
ミキが最後に甘い吐息をついて歌い終えたとき、私は体が震えた。
ミキ「…ありがとう」
いたずらっぽい笑みで、ミキは呟いた。
私とリンは、さっきよりも数倍大きな拍手で彼を包んであげた。
ミキ「ふふ、どうだった?」
女「すごい。…上手!」
リン「中々だった」
ミキ「んふー。やっぱ歌うのって気持ち良いわね」
ミキは誇らしげに胸を張ると、ちらりとクリアを見た。
ミキ「ありがと、リン。ちゃんと連れてきてくれたのね」
リン「おー」
ミキ「…」
ほつれた髪をそっと耳にかけ、ミキは体をクリアに向ける。
ミキ「…今夜はどうか、楽しんでくださいね」
クリアの体が、微動する。
ミキがまた、今度は軽快な音楽に合わせて歌いだした。
女「…」
そっと後ろを見ると、クリアはミキの声から出る振動に合わせて、
女(…踊ってる?)
そんな風に、見えた。
ミキは飽くことなく、かすれることもなく何曲も歌い上げた。
たまにマイクをこちらに向けて合いの手を要求してくる。
私はくすくす笑って、リンはしかめっつらをしながらも、それに乗ってあげた。
楽しい時間が、音楽と一緒に流れていった。
ミキ「あー…楽しい!」
ミキが酔っ払ったような赤い顔と表情で言う。
ミキ「でも、そろそろ1時間。ショーはラストです」
女「えー」
ミキ「最後に一曲、私のオハコでシメたいと思いますっ」
女「まだ終わらないでー!」
リン「ノリすぎだろ、お前…」
ミキ「最後の歌は、…」
ミキがそっとマイクをスタンドから外す。
そのままするりとステージを下り、微かな風を起こしながら私達の横をすり抜けた。
ミキ「…」
クリアの前で、止まる。
クリアは動かない。
ミキ「あなたに、最後の歌を贈ります」
ミキが微笑んだ。
ピアノの音が、スピーカーから流れ始める。
シンプルな、ピアノだけの伴奏だった。
ミキは目を閉じて、ふわりふわりと踊りながら歌った。
女「…」
リン「あれ」
リンがクリアを指差す。
クリアが、…震えていた。
ぽた、と床から微かな音が響く。
女「…水が」
クリアの体からいくつもの水滴が落ち、床に水玉の模様を作りはじめていた。
リン「泣いてるみたいだな」
リンがぼそりと呟いた。
女「本当だ」
ぽろん、ぽろん、とピアノの伴奏はだんだん緩慢になっていく。
ミキ「…」
最後に大きく息を吸い、長い音をミキは吐き出した。
ぽろん。
歌が、終わった。
ミキ「…」
同時に、ミキが顔を覆った。
ごとりとマイクが大きな音を立てて落ち、雑音が響き渡る。
女「ミキ?」
ミキ「…ー」
ミキの喉から、聞いたこともないような細く、搾り出すような音が漏れる。
泣いていた。
小さく体を震わせ、声を殺しながら、泣いていた。
リン「…」
私とリンは静かに立ち上がり、…けれど何もできず、その光景を見守っていた。
ミキ「…んで」
ミキ「…なんでよお…」
ミキがしゃっくりを上げながら、呟いた。
ミキ「…なんで、…会いに来てくれなかったのよ…」
クリアが、ぽたぽたと雫を落とす。
ミキ「…お父さん…」
ミキが苦しげに言葉を搾り出した。
その瞬間だった。
クリアが今まで微かにしか動かしていなかった体を
女「…あ」
ステージのほうへと滑らしたのは。
リン「…下がれ」
リンが私の腕を引いて、一歩前に出た。
クリアは一直線に私のほうへと向かってくる。
女「…リン、いいよ。大丈夫」
リン「こいつ、…まさか」
女「…」
私はそっと手を伸ばした。
ミキ「…」
ミキが赤い目でその光景を見つめる。
女「ミキ」
ミキ「…やって」
目を閉じて、微笑む。
ミキ「リンから聞いた。あんた、記憶が読めるんでしょ。…やって」
女「…」
私は小さく息をつき、指をクリアの濡れる体に差し込んだ。
視界が、青く歪んだ。
ああ、どうしてだろう。
どうしてあいつにあんな軟弱な名前を与えてしまったのか。
…女の子のようじゃないか。せめて「ミキオ」にしておけばよかった。
だいたい、ヨシコもヨシコだ。
俺が相談したときには、ただ微笑んで
「いいじゃないですか、ミキ。…真っ直ぐとした子どもに育ちますよ」
なんて言うから。
俺もきわめて常識的で、頭の良い女であるヨシコがそういうなら、と
この名前を書類に書いて、役所に出してしまったのだ。
ミキ、だなんて。
冷静に考えれば少し妙だと気づくだろうに。
ヨシコが妊娠初期の頃に行った旅行で見た、「ご神木」。
しめ縄に囲まれて逞しく聳え立つその、がっしりとした体。
「幹」だ。
そんな男に、なってほしかった。
大地をしっかりと踏みしめ、誇り高く聳え立つような、強い男に。

男の子だと分かった時は本当に嬉しかった。
俺は別に、性別がどうであれ関係なく喜ぶだろうが
…男の子は、別格だった。
一緒にサッカーをしよう。野球をしよう。
教養はしっかりしていなければならない。小さいときから俺が教えて、頭の良い男にしよう。
習い事だってさせてやろう。あいつが興味を持つもの、全てを体験させてやるんだ。
けど、俺は厳しいぞ。
三日坊主なんて許さない。しっかりした目標があって、俺を説き伏せるような情熱がなきゃあ、駄目だ。
時には殴ってしまうだろう。大声で怒鳴りつけてしまうだろう。
けどな、ミキ。
お前は巨木だ。どんな大風にだって負けない太い幹を持ってるんだ。
だからヘコたれるな。
親父の叱責なんか、跳ね飛ばして前進するような男になるんだ。
「ミキ」
俺の子だ。
「ミキ、強い男になれ」
俺の大事な大事な、長男坊だ。
俺はミキを一生懸命育てた。
ミキは頭もいいし、体つきだって立派で、…顔はヨシコに似たのか精悍で整っていた。
幼稚園だって良いところに入れた。
小学校は、ヨシコの反対も振り切って受験させた。
野球クラブの活動も勉強も、あいつは抜きん出て優秀だった。
中学校でも生徒会に入って活躍した。
中学校2年生の時に出た弁論大会なんて、なあ。
あんな感動的なスピーチ初めて聞いたんだ。
俺は嬉しいやら誇らしいやらで、保護者席で一人涙を流してしまった。
あいつは高校受験だって、県内一番の進学校に合格した。
自慢だった。
周りはみな、俺の息子を褒めた。羨ましがった。
俺は何時しか、「ミキ」と名づけたことをを悔やまなくなっていた。
…あのときまでは。
「父さん、話があるんだ」
高校3年生の夏だ。
大学受験にむけて着々と成績を伸ばしていたあいつが、急に伸び悩みはじめた。
担任から電話がかかってきて、こういわれた。
「最近、ミキくんの交友関係は把握されていますか?」
「え?ミキのですか。いやあ、部活はもう終わったし、俺の出る幕でもないですし」
「そうですか。…いえ、少し気になることがありまして」
「はあ」
「…××高校の、評判のあまりよくない生徒とつるんでいるようでして」
「はあ?」
××高校、なんて。県内で一番品がなく偏差値も低い高校じゃないか。
そんな人間とどうしてミキがつきあうものか。
「それでですね、一度ミキくんが学校を病欠したとき…」
待て。ミキは学校を休んだことなんて無いぞ。
どういうことなんだ?
「…××高校の生徒と、駅周辺でつるんでいるのを見た、と目撃情報がありまして…」
そんなはず、ないだろう。何を言っているんだこいつは。
「最近なにか、変わったことは?」
…
ミキにかぎって、そんな。
そんなことが。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【2】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【3】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【4】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【5】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【6】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【7】
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」【8】
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コメント一覧 (4)
-
- 2015/10/17 19:11
- みんなコメントも書かないで8へ行ったんですなぁ(*゚ヮ゚*)
-
- 2015/10/17 21:54
-
おおきた!寝る前に読もう…。
-
- 2015/11/14 21:07
- 神
-
- 2015/11/22 12:35
- 何か今日は雲って寂しい日だな
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