社長「あなたが……殺し屋ですか」
殺し屋「ああ」
社長「流石にただならぬ雰囲気をお持ちですね」
殺し屋「……」
社長「さっそくビジネスの話に移りましょう。殺して欲しい標的は……この男です」スッ
殺し屋「こいつは……あんたのライバル会社の社長か」
社長「よくご存じで。この男さえ消せば、我が社がトップに……」
殺し屋「やめておいた方がいい」
社長「え?」
社長「な、なぜです?」
殺し屋「俺なりにあの会社を調べたが……社長以下専務や常務も粒ぞろいだ」
社長「たしかに……」
殺し屋「社長を殺ってしまえば、むしろこいつらが頭角をあらわし」
殺し屋「弔い合戦ムードも手伝って、ライバル社がかえって手強い存在になることもありえる」
社長「あり得ない話ではありませんな……」
殺し屋「なら専務常務も消せばいいという話になるが、それは現実的じゃないだろう?」
社長「それは……そうです。キリがない」
社長「うむむ、あなたと話せば話すほど、ライバル社の社長を消すのは間違いだと思えてくる」
殺し屋「あくまで可能性ではあるがな」
社長「分かりました……今回はやめておきます」
殺し屋「そうか」
殺し屋「一応、あんたの連絡先を教えてくれ。気が変わるということもあるからな」
社長「ええ、そうですね」
平和だ
……
選手「俺はプロ野球選手なんだが、練習中にあいつにぶつかられて、こけて捻挫して以来……」
選手「打撃でも守備でも精彩を欠くようになった!」
選手「あの野郎、俺を潰すためにわざとぶつかったんだ!」
殺し屋「……」
選手「だからあいつを殺してくれ!」
殺し屋「あまり気が乗らないな」
選手「なんだと?」
殺し屋「まず、わざとぶつかられたというが、証拠が全くない」
殺し屋「他人を捻挫するようにこけさせるなんて、俺がやったって上手くいくかどうか」
殺し屋「いっちゃ悪いが、あんたの被害妄想である可能性が高い」
選手「なに!」
殺し屋「それに標的を殺した後の自分を想像してみろ」
殺し屋「俺に頼んで、そいつを殺して、本当にかつてのプレーができるのか?」
殺し屋「罪悪感に苛まれて、今以上にろくなプレーができなくなるのがオチだと思うが?」
選手「そ、そうかもしれない……」
殺し屋「少しでもそう思うならやめておけ。一応、あんたの連絡先は聞いておくがな」
……
婦人「娘はあの男に弄ばれて、自殺しました……」
婦人「お願いします、仇を取って下さい!」
殺し屋「……」
殺し屋「娘さんはそんなことしても喜ばない、などというつもりはないが……」
殺し屋「少し落ちついて考えてみたらどうだ?」
婦人「!」
殺し屋「実は俺も昔、幼い頃両親を殺されたことがあってな……」
婦人「えっ……」
殺し屋「話してたら、落ちついてきたか」
婦人「……はい」
殺し屋「とりあえず、今は復讐よりも娘さんの追悼をするべきだ」
殺し屋「それから合法的な報復手段を考える。俺に頼るのは最後の手段にしておけ」
婦人「おっしゃる通りです……」
婦人「どうもありがとうございました」
殺し屋「踏みとどまってくれてなによりだ。念のため連絡先だけ教えてくれ」
……
ボス「よう、殺し屋」
殺し屋「……」
ボス「俺はとある犯罪組織のボスやっててな。あんた、ずいぶん腕が立つそうじゃねえか」
ボス「さっそく仕事の話だ。敵対組織のボスであるこいつを殺ってくれ」
殺し屋「やめておいた方がいい」
ボス「ああ?」
殺し屋「あんたの組織と敵対組織は対立関係であると同時に、共生関係にもある」
殺し屋「そいつを殺してしまうと……あんたの組織の寿命を縮めることにもなりかねない」
ボス「殺し屋風情がずいぶんな口叩くじゃねえか」
ボス「俺が殺れといってんだから殺ればいい――」
殺し屋「……」
ボス「……!」
ボス「ふん、なかなか気難しい殺し屋さんのようだ。今日のところは引き取ることにするぜ」
殺し屋「そうしてくれるか。それと、あんたの連絡先を聞いておきたい」
仕事しろ
ここまで無収入
そんなに個人情報集めて何するんすかね
……
殺し屋「標的は?」
板前「俺っちだ!」
殺し屋「事情を説明してもらおうか」
板前「これだ」
殺し屋「右腕に傷……」
板前「事故で神経をやっちまってな。もう満足に動かせねえ」
板前「包丁を握れない板前なんざ死んだも同然! かといって最後の幕引きが自殺じゃ情けねえ」
板前「どうせなら、最後は殺し屋にでも殺してもらおうかと思ってよ」
殺し屋「甘ったれるな」
板前「なんだと!?」
殺し屋「右腕が使えないなら左腕を使えばいい」
板前「んなことできるわけが……」
殺し屋「手足を損なっても、一流以上の仕事をしている人間などいくらでもいるぞ」
殺し屋「左腕もダメになったら足を使えばいい。足もダメなら口を使えばいい」
殺し屋「利き腕が使えなくなったぐらいで、おまんまが食えなくなるようなやわな生き方してきたのか?」
殺し屋「どうせならもっと足掻いてみろよ」
板前「……!」
板前「俺っちが……間違ってたよ……」
殺し屋「なら帰って左手で包丁を持つ練習をしな。念のため連絡先も教えてくれ」
……
依頼人「なんだかあなたと話してると、自分の中にある殺意がみるみる消えていきますよ」
殺し屋「それはどうも」
依頼人「あなたは今までにも、こうやって依頼人の殺しの依頼を諦めさせてきたそうですね」
殺し屋「そういうこともあったかな」
依頼人「ひょっとしてあなた……実は殺し屋なんかじゃなく、“殺させない屋”なんじゃ?」
依頼人「実は人を殺したことなんかないのでは?」
殺し屋「想像するのは自由だ」
依頼人「とにかく、この依頼はやはりやめておきます。今日はありがとうございました」
なかなか面白い
ある殺し屋に依頼をすると、話してるうちに依頼をする意欲がなくなる……。
この噂は広まっていく……。
いつしか噂は形を変え、
『この殺し屋に依頼すれば、自分の中にある殺意を解消できる』というものになっていった。
中年男「あなたと話してたら、復讐の念が収まっていった。ありがとう!」
殺し屋「よほどの執念がなきゃ、復讐なんざしないに越したことないさ」
そんなある日――
男「こんにちは」
殺し屋「あんたが依頼人か」
男「ええ。といっても、誰かを殺して欲しいってわけでもないんですがね」
殺し屋「ならどんな用件で?」
男「あなたと話してると“自分の中の殺意を解消できる”と聞いて、やってきた次第です」
殺し屋「人をカウンセラーのようにいわれても困るが、とりあえず話を聞かせてくれ」
男「実は私、殺人鬼でして」
殺し屋「ほう」
男「動じませんね、流石だ」
殺し屋「殺し屋が殺人鬼に動揺するわけにもいかんだろう。それで?」
男「時折、無性に人を殺したくなってしまう病気を抱えてるんですよ」
男「しかも手口も天才的で、警察に捕まったことは一度もありません」
男「で、あなたならば私を救えるかと思い、やってきたわけです」
殺し屋「なるほど」
男「こうして直に会ってみて分かった……あなたも殺人者だ」ニヤッ
男「あなたを人を殺したことのない“殺させない屋”だっていう人もいましたが、そんなことはない」
男「私のように血の匂いがしますからねえ……」
男「殺人の熟練者だからこそ、どう話せば依頼人が殺人を諦めるか知っているし――」
男「説得力も出るというわけです」
殺し屋「なかなかの洞察力のようだ」
男「あなたなら私を止めることができるという期待が増してきましたよ」
殺し屋「殺人鬼と話すなんざ、俺も初めての経験だが、やれるだけやってみよう」
殺し屋「まず、あんたがどんな殺しをしてきたか、話してもらおうか」
殺し屋「あんたみたいなタイプは、自分の殺しを鮮明に記憶してるはずだからな」
男「流石です。私としても、一度誰かに懺悔してみたかったので、詳細まで全てお話しします」
男「まず、最初は近所に住んでた女の子を……」
男「次に、たまたま見かけた夫婦も殺りました――」
男「スーパーに忍び込んで、片付けをしてる店員を――」
男「それから、一人暮らしの老人――、なにかとうっとうしかった隣人――」
殺し屋「なるほどなるほど……」
男「こんなところですかね」
殺し屋「よく分かったよ」
男「お願いします。私の殺意を封じて、救って下さい」
男「私もいい加減、この殺人の宿命から解放されて、普通に生きていきたいのです」
殺し屋「ああ……救ってやるよ。お前を止めてやる」
グサッ!
男「がっ!?」
男「いでぇぇぇぇぇ! な……何しやがるッ!」
殺し屋「やっと会えたな」
男「あ……?」
殺し屋「最初の方で語ったお前が殺した夫婦……そりゃ俺の両親だ」
男「な、なんだと……!?」
殺し屋「仕留める前にペラペラ喋るのは三流のやることだが、ここまで苦労したんだ……」
殺し屋「せっかくだし解説してやるよ」
男「……!」
殺し屋「俺はお前に両親を殺され、ずっと復讐を誓っていた」
殺し屋「だが、犯人はどこの誰かも分からない。警察も役に立たない」
殺し屋「それで思ったんだ。殺し屋になれば、仇の情報も入ってくるんじゃないかってな」
殺し屋「だが、その目論みは外れた。いくら仕事をこなしても情報なんか入ってこなかった」
殺し屋「だから、俺はもう一度両親が殺された時の状況を思い返してみた」
殺し屋「これは殺し屋になったからこそ分かったことだが、お前の殺し方はどこか“病的”なところがあった」
殺し屋「だから、犯人は“自分の内なる殺意に振り回されてるタイプ”なんじゃないかと推測した」
殺し屋「そこで今度は、逆に依頼人に殺しをやめさせる殺し屋になってみた」
殺し屋「そうしていけば、もしかしたら自分の殺意を苦しめられてる犯人が俺の目の前に現れてくれるかもってな」
殺し屋「そして今……現実になったってわけだ」
殺し屋「解説終了。最後にいっておきたいことは?」
男「ふ……ざけるなッ!」
殺し屋「……」
男「お前なんかに殺されるかッ! 今まで殺してきた奴らのように、お前も殺してやるゥ!」
殺し屋「アマチュアが……。プロに勝てると思うなよ」
ドシュッ……!
殺し屋「仇討ち終了……。お父さん、お母さん、終わったよ」
殺し屋「さて、また殺し屋稼業を再開するか。ずいぶん依頼を断り続けてきたしな」
殺し屋(さっそく……)
殺し屋「もしもし、社長さんかい」
殺し屋「ライバル社の社長を、今もまだ殺したいと思ってないかな、と思って連絡したんだが……」
END
結構面白かったおつ
乙
オチも良い
よくまとまってた
乙
コメント一覧 (9)
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- 2021/07/08 03:55
- 今度は説得せずにやるってこと
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bipblog
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-
- 2021/07/08 09:30
- ええやん!最後の締めが星新一感あって好き
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- 2021/07/08 09:48
-
良質なショートショートだった
言葉選びもセンスある -
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- 2021/07/08 10:44
- 面白かった
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- 2021/07/08 11:37
- 上手いね。
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bipblog
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- 2021/07/08 12:12
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今までは復讐のため客の依頼を断ってたけど、復讐が終わったあとを考えて依頼人の連絡先を取っておいたってことか〜
令和でも面白いSS見れて幸せ -
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- 2021/07/08 12:34
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因果は巡るもんだからなぁ
いつかは殺し屋も復讐で命落とすんだろうな -
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- 2021/07/08 13:20
- それでなぜか全員の電話番号を聞いてたわけか…
-
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bipblog
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